赤と紫、まっしろな手 (夕順)
ぁ……っ、あ、……
ん、
夕歩が、あたしのこと、見てる。
あたしの無様を、涙を、痴態を見て、
獰猛に、満足そうに、笑ってる。
いっ!
…んー…
っか、…は、……んっあ、…ああっ!
涙が出るくらい痛くて、噛み締めると余計に傷が増えて、
鈍いのも鋭いのも重いのも深いのも全部、
くるしくて、しんどくて、どうしようもなくきもちいい。
っぐ!
……ふふ、
…あ! う、…っ
夕歩が、あたしに、きざみつけるいたみ。
こんなにうれしいことが他に、あるだろうか。
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不計測の鏡面反射 (槙ゆか)
ぺたりと座った、向こう側。
鏡の中で、熱にうかされた私がぼんやりと私をみつめていた。
ん……く…っ、ん……
……なんだか最近、どんどんマニアックな方向に進んでいる気がする。
ふたりっきり、になると、いつもより余計大胆になる先輩は、嫌いでは、ないけれど。
意地悪だけれど、無茶だけれど。最後の確認で、本当に。
私が首を横に振れば、それ以上無理強いしては来ないだろうし。
いつも丁重に、こちらが恥ずかしくなるくらい大切に、私のことを、扱ってくれる、
その手が、口が。鏡の向こう側の私にやんわりと絡みついて、いつもと同じところを。なぞっていく。
ね、かわいいでしょう?
あ……
みたくない。かわいくなんてないし、全然うれしくない。
それなのに熱があがる。だって先輩が。
その先輩に、私が。
した承諾のせいで、蕩けた瞳をはしたなく滲ませる私を見て、
鏡越しの先輩が、嬉しそうに笑っていた。
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My Dear (恵夕)
ねえ、ひめさま。
ふと思い立って。自分でも珍しいなあと思いながら軽口でふざけてみたら、目の前の夕歩はあっという間にふくれっつら。
ごめんね。冗談だよ。そう続けようとした矢先、ぷいっと横を向かれて、しかもそのまま立ち上がろうとしたからあわてた。
(今、急に立ったら危ないって!)
ぐらっと揺れた夕歩、でもそこから持ち直して、中途半端に伸びた私の手をぱしん、払って、とても怒った、そして悲しそうな眼で見下ろしてる。
…恵ちゃんだけは、言わないと思ってたのに。
……ごめんっ
ごめんね、ゆうほ。
…良いよ。
けーちゃんが、そういう冗談言うと思わなかったから。びっくりしただけ。
もう二度としないから、
いいってば、
ぎゅうぎゅうと。抱きしめたらおとなしく腕の中に収まってる夕歩、
このぬくもりをなくしちゃうかもしれないなんて、一瞬でも思ってしまった自分が嫌で、その想像だけで泣きそうになっちゃった自分が、情けなくて。
もっとずっと情けない、失言は取り消せないけど、取り消せないから、今からはもっとずっと夕歩のこと、大切にする。
本物のお姫様より、もっとずっと。幸せにする。
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「願うだけならありでしょう?」2 (ナン紗枝・パロディ)
私だって、これでも。
ロマンチックな夢をみたことくらいはある。
それは、少年が翼を生やして空を飛びたいと願ったり、老人が不老不死を渇望したりするのと同じくらいには切実で、非現実的な笑い話。
心中とはこの世では幸せになれないふたりが現世に見切りをつける行為だと、どこかで誰かが書いていた。
ロマンスよりファンタジーより、猟奇やホラーの方がずっと好きだった。活劇はまあまあ。淑女の教科書は、粗探しをすることばかりがうまくなった。
(かと言って、礼儀作法で咎められたことは一度もない。決まりきった定型など、使えない方がどうかしている。)
どうかしている。この人となら心中してもいい、と思える相手が、出来てしまうなんて。
そしてやっぱり、彼女とは、(そう、「彼女」とは、)この世では幸せになれそうもないなんて。
どうかしている。私も、世界も。
ロマンチックになりたくても、現世に見切りをつけたくったって。
さらって逃げて、も、一緒に死んで、も、
どんな強烈な告白にも、あの人は皮肉気に醒めた眼で笑うだけで、虫を潰すより簡単に、首を振るのだろう。
わかりきっているから結局私はどこにも行けないまま。
私だけが切実で、ばかみたいに非現実な、私だけが笑えない、笑い話。
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「願うだけならありでしょう?」はふたりへのお題ったーよりお借りしました。
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