(まだ残ってる、)   (槙ゆか→槙ナン)




知ってました。
先輩がちっとも、やさしくなんかないことも。
愛してなかったのは、先輩の方だってことも。

でも、そのあわれみは。
あの乱暴な熱情は。
私にはたしかに、救いの手だったんです。


指の先を、かすかに震わせながら、きちりと引き結ばれた唇をきしませるようにゆるめて、ほほえんで、
私のことを、まっすぐに見て。
さよならの代わりにありがとうを、ごめんなさいではなく、また明日、と。
つけこんだのは、利用しつくしたのは、骨の髄まで貪ったのは。
取り残された私も、ぺこりと頭を下げていつものように消えた、彼女も。
知ってましたなんて指摘されるまでもなく、わかっていた。思い知っていた。


――私はひどいことを、したのかしら。

そりゃそうだろ

どうすればよかったと思う?

さてな。

あなたはいつも、そればっかりね。

そうかい。

…愛してるわ、斗南さん。

…そーかい。


ああ、この、あわれみは。
この、乱暴な熱情は。
私には確かに、救いの光だ。











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「ほらみろ、だから言ったじゃないか」 (神祈)






あたしの、この手が。

つぶしてしまいたくてもちあげれば、とどめるのは細く、白い腕。
あたしよりもずっと力強い、あたしよりずっと、きれいで、
きれいでいなくてはならない、
あいつのものでなくてはならない、あたしの、

――あたしの、何だ。
――紗枝。

つぶやけば、うめくようにしぼり出せば、なあに、と、返る。
ひきよせられた先の肌、やわらかくあたたかい、冗談みたいに白い、
それでも血の通っている証拠にわずかに上下する胸、いつの間にかこんなにも、女になってしまった、あたしよりずっと、大事なものに、なってしまった、

ここに回帰したい、わけではないのに。
こいつに安心を、もらいたくなんか、なかったのに。

奪うばかりの神門の手。同じものだと思えなくて重ねた掌、
あたしより細いくせにひと回り大きい、やわらかくつめたい、白い、白い、











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「あなたを利用しますね、って先に言うだけ優しいと思って」 (順ゆか)





これでよかったの?

良いわけないでしょう


終わったあとに聞くあたしのずるさを、否定することなしに答えた染谷は、
こちらを見ないままでふうとためいき。吐息。
あかい唇から見える熱は、さっきまで欲張りあっていた名残り、
乱暴に引き倒したくせに、噛みつくようにキスしたくせに、
蹂躙されたのは染谷の粘膜、流れたのは染谷の血、涙。
感情の介在しない液体が、あたしにまとわりついては染み込んで、感情だらけのあたしを苛んで、


わすれないでね、

ん、

あなただけは、
わたしが傷つけたひとを、忘れないでいて、

そーだね。

そう返すの?


だって、他に、何が言える?


だから泣いていいよ。

あなたが泣かせてくれるなら?


挑戦的に微笑む染谷の心は、ここになくて。
きっと、もう、どこにもなくて。
そんなのイヤだから、あたしは、あたしだけは忘れない。
あんたを傷つけた、ひとたちのことを。










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(時間なんて、止まればいいのに)  (綾夕)




あやなはさ、わたしのこと、きらいだよね

…そんなことない

だって、あやな、この世の人間ぜんぶ、きらいでしょう?

……そんなこと、ない。

ゆかりのこと好き?



順は?

…ゆうほ、

ちびっこも、祈さんも。
あの髪の長い人も、みんな、あやなのこと、大好きなのに、

わたしは!

あやなは、あやなのこと、きらいだよね、


首に手を回したまま、距離なんか限りなくゼロに近い吐息と視線だけで私を殺せる夕歩は、
とろけるような目つきで、にこやかに、私の吐息を、視線を、距離を奪う。


ふふ、あやなのそういうところが、好き


羽のように軽いまま、地球より重い愛情で、私を殺す。













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だれかこの壁をこわして  (天→星(→)←宮)





神門さんたちのように、ふたりきりで輪を閉じてしまうには。
この人は、少しばかり大きすぎた。
……なんて、強がり。


閉じてしまえば、よかったのではないかしら


微かに笑うこの人の、ひつぎさんの膝に眠るのは、
細く綺麗な髪を持った少女。
ちりり、胸が痛む。
ひつぎさんの、こんなにやわらかい顔も、星河さんの静かな寝顔も、
わたしひとりならきっと見ることはなかったもので、どちらも、これ以上ない宝物で。
だから。


……無理ですよ

どうして?
だって、あなたたちは、


――両思いなのだから


とても綺麗に笑ったひつぎさんは、その横顔は、
つまりは私と目を合わせないままのひつぎさんは、どうして、
ねえどうして、こんなところばかり、似てしまったんでしょうね。ひつぎさん。
ひつぎさんの手がなでる、紫と黒の混ざった紗(しゃ)は、
さっきまで私が口付けていた頬を、首を覆って、
それが欲しい、と思うのと同じくらい、この光景は、まばゆいばかりで、
星河さんが私のことを好いてくれたとして、
私が悪くない気持ちに、なってしまったとして、
もっとずっと前からあったらしい恋心を、ひつぎさんは諦めてくれるとさえ、言っているのに、ねえ、
どうして、私は、こんなにも。
ちっぽけなままで、欲張りなのでしょう。








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こっそり全部つながってる心持ちで書きました。祈さんが絡む秀瞑が入れられなかったのが心残りです。
各タイトルはふたりへのお題ったーよりお借りしました。












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