片思いのときも辛かったし、今でも喧嘩はする。怒りすら通り越して、もうダメかも、と思ったことも、幾度かある。
でも。体感的に、いちばん、苦しかったのは。
まだ、あのひとと付き合いはじめて、日の浅い頃の、しようもない日常かもしれないと、たまに思う。

あの頃、私は。
――私を。持て余していた。





中学生が笑うほどの欲望





あの頃。
木曜日恒例、深夜のホラービデオ鑑賞会にルームメイトがいそいそと出かけていくのを見送るのはもうすっかり日常のひとつだった。
苦手というほどじゃないけれど、(彼女のお土産話なんかはそれなりに楽しみに聞く、)彼女たちとご一緒しようと思うほど好きなわけじゃない私は。
ルームメイトに不満はないし、彼女で良かった、とすら思っているけれど、それでもそのひとりが約束されたいっときを。
これまでは、それなりに。楽しみにして、有意義に過ごしていたのだ。


…あ、……ぁ、………っ


……これまでは。


ふ、……ん、…ん…


ちいさな声。
まだ大丈夫、それくらいにはかすかなものだから。
衣擦れの音も、だんだんはやまっていく吐息も、あがる熱も、まだ。認識できているから。

……はやく寝てしまおう。そう思って、でも布団に潜り込んだら思ったより暑くって、
掛け布団を、抱き枕のように手と脚で挟み込んでしまったのが、そもそも、よくなかったのだ。
順だ、と思うほど、沸いてはいなかったけれど。
(あとでそう言い訳したところで、もちろんそれは、ちゃんとした言い訳なんかには、ならなかったけど。)
(笑うだけ笑って、ぎゅっと私を抱きしめた順は、まるで、逆に、私が抱き枕か何かでもあるかのように、……私があの日やったように私を挟み込んで、しあわせそうに、ふかいためいきをついた。)
寝付けずにごろごろしているうちに、順の体温が恋しくなってしまうくらいには、きっと少しだけ寂しかった。


っ、……ふ、ぅ、


乱暴にシャツの裾から手を突っ込んで、いっそ引っ掻く勢いで摘んだ胸の先を、弄る勢いを殺せないまま。
物足りない身体が、不器用に快楽を得ようとして失敗して、それでもこぼれ出たものが布にしみる感触が、気持ち悪くて、右の胸が気持ちよくて、足りなくて、苦しくて。
やだ、……って。順の名を呼ぼうとする直前に、なんとか引き抜いた左手を、そろりとパジャマ越し、腰骨の上に持っていくのに成功して、ひと呼吸。


ん……っ


寝巻きの隙間から下側に差し入れた手は、ひと呼吸など置く暇もなく目的の場所にたどり着いた。
たった一枚。それでも最後の防壁を、こじ開けてしまわなかったのは意地というより、その手間すら惜しんでしまったからだ。
ぎゅ、っと。人差し指の腹を押し付けただけで、こらえようもない感覚に襲われる。
順は、絶対、こんな風にはしないから。


や、…だ……っ


だって今日は呼べない。夕歩の健診の前日だから。
私が、一人で部屋にいるって知っていて。遊びに行っていい? って、昼休みまでに寄越さなかった順に頼むことなんて、できない。
人差し指はあっという間に中指になって、指全体にがむしゃらに押さえつけていただけの刺激は、順が、いつも、なだめるように撫で回す、最初の愛撫にひどく近いものに、なっていって。
ショーツの隙間から忍び込もうとする、順よりすこしだけ小さくて不器用な指先が、いつも彼女がするように、律儀に襞の外側ばかりをなぞっては、いつのまにか胸ごと掴んで揉みしだいている、その癖ちっともうまくいかない右手の無様を嘲笑う。


っ、……ぁ、っ、


まだ、大丈夫。順のなまえ、呼んでない、から。
こんなに頭いっぱいで思っていては、ぜんぜん、意味なんてないことも、
こんなに彼女で頭をいっぱいにしてしまっては、ぜんぜん、大丈夫ですらないことも、
(鍵は、かけたけれど。だって、ルームメイトは、なにがしかの用事で帰ってきてしまうかもしれないのだ。)
ほんとうは、とっくに、わかっていたけれど。


んん……っ


だから本当に追い詰められてからは、喘ぎ声なんか、むしろ出なくなってしまう。出せなく、なってしまう。
こらえるだけこらえるのは、声と吐息だけで充分、だから。
順にはなりようもない指先が、彼女を演じようとする滑稽を、考える余裕なんてない。


っく!!


もうとっくにあらわだった芽を、直に撫でたら悲鳴の欠片がこぼれた。
ああ、順も、こんな風に私を恋しがることが、あるんだろうか。
冷静になってしまえば、そんなひとじゃないって、(あのひとには、どうせ、……こんなしょうもない衝動など、発散する手段が山ほどあるのだ、)思い出して自己嫌悪に陥るくせに。
順の触れ方を、SEXのときの意外に真剣な表情とそのあとのだらしない笑顔をしってしまった私は、それを知りたてだった私は、そのときの。まどろみから順に掻き回され、まどろみに還(かえ)る喜悦に夢中になっていた、私は。
彼女と両思いになる前は一本だけ、挿れていた指では、私の望むところには届かないことまで知ってしまって、ぐじゅぐじゅと、染み出しつづけるその熱さだけは持て余し続けることが、彼女に対する、せめての、言い訳だとすら思えていて。

彼女のぬくもりを、知らないうちは所詮夢物語だった。もっと先になれば、この頃よりは素直にねだれたし、今から来て、なんて私から誘うことさえできるようになった。
(文字通り部屋に引き込んで、のしかかったときにきょとんとされるのは、一度ならまだしも繰り返されると、本当に、腹が立ったけど!)
(部屋割りも、夕歩も、環境が色々変わって――あの頃の曜日の縛りはとっくになくなってしまってからさえも、どうみたって欲情してるだろう(それも、順に!)私に対し、「どうしたの?」なんて、聞いてくれるのだ、あの人は!!)
――だから。
今になって思えば、こういうことに関しては。
付き合い出してそこそこの頃がいちばん辛かったし、それは順のせいだって、こうやって。
いつもみたいに、彼女の抱き枕みたいなものになりながら、毒づくことくらいは、できてしまうのだ。



…だって、怖かったんだもん。

……なにがよ

染谷に嫌われるの

どうして?

……がっつき過ぎて

いかがわしいものを買うのは、やめなかったくせに?

……うん。

ばかね。

だって全然違うじゃん!

そうね。……だからよ

え?

私も、怖かったの



だから、おあいこ。
――なんて。
彼女の方を振り向いて、キスのひとつすらしながら、自然に言えてしまえるようになった今があるから。
最近、私は。
あの頃の切羽詰っていた私を、ようやく。
こうやって、睦言のひとつ、シーツの狭間に消えていく戯言として、笑い飛ばすことができるようになったのだ。




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タイトルはふたりへのお題ったーよりお借りしました。











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