染谷さんの過去関係が割とアレですご注意。
(綾那とは普通にデキてた→順とセフレ歴半年弱→しばらく空白期間/両片思い万歳→槙ゆか)
今現在の本誌展開が凄すぎて、空白期間以降をどう妄想しても原作で更に上をいかれる気しかしないので、その辺は曖昧なまま、
……続けたいなあ……(こっそり)。










密室の混線




部室の窓ガラスは、映画で見るように曇っているのだろうか。
ぼんやり思ったのは、入り口近くでしつこく反復される刺激のひとつひとつが、ひどく細やかなものだったから。
積み重なっていく最中は苦しいけれど、最後のあの快楽を知っているから堪えられる、やまない漣に集中しきれないのは。
まだ果てが遠いということもあったし、刺激自体がいつもより少しだけ弱かったせいもあった。
閉め切った窓の向こう側、外が未だ明るいというだけで背徳感が刺激される。
時折意識の端にのぼらせては身体を震わせる私を、先輩は楽しそうに観察している、気がする。
どこまでわかっているのか、気づいているのかが定かではないから、妄想は自分の都合の悪い方にばかり傾いてしまう。
……嫌な性格。


「ちょっと、やすむ?」

「や、です……」


気を逸らしてることを怒らない代わりに、私のことをさぞ気遣っている、風に見える言葉ばかりかける先輩はやっぱり意地が悪い。
先輩の意地悪の半分は天然から来ているものだけど、残りの半分は、間違いなく故意だと思う。
だって、口惜しくて、苦しくて顔を歪めると心底嬉しそうな顔をしてくるのだ。


「じゃあ、集中してね」

「……はい、…んっ……」


何に気を取られていたのか先輩は聞かないから、私も弁解できないまま、お咎めは終わる。
罪悪感は内に籠ったままで、行為の一要素になって、最後には一緒くたに煮られてしまう。
汗ばんだ肌が気持ち悪い。滑っていく先輩の手が気持ちいい。
指の腹の時と、爪が立てられた時とで如実に反応が変わる。
その間にも積み重なり続ける、鈍い快感は相変わらず奥まで広がってはくれない。


「ぁ……んっ……」

「うん、」

「ん、ふ、…ぁ、……」


特別棟の壁は厚いわけじゃないから。
密室状態でも、大声を出したら外まで漏れてしまうから。
だから、と抑えようとすると出てしまうものだけど、先輩は優しいから。無理やり引きずり出すような真似は、あまり、しない。
かといって本当に優しいだけなのかと言うと疑問なのは、ほぼ決まって、耐えられるぎりぎりを注ぎ続けられるから。


「ああ、……ぁ…っ」


意地を張って声を抑えることだけに全神経を使ってしまうと、今後はそれが基準になって大変なことになる。
(一回経験して、ものすごく後悔した。次の時はなんとか意地を張り通したけどその次で耐えきれなくて、悲鳴と一緒に決壊したのは声も感度の閾値もで、口元を覆われながら短い間隔でいかされ続けるのは最早気持ちいいとかそういう次元じゃなかった。
……あんな経験は一度限りで充分だ。)
適度に出していた方が楽だし、先輩も嬉しそうだし。
そういえば、最近あまり恥ずかしくもなくなってきたな……


「また、休憩のお誘い?」

「ち、が……、ぁっ!?」


左腿の脇、触れるか触れないかのところでいきなり振動が始まって、吃驚して身体が跳ねた。
そうだ、今日は割となし崩しに始まったから携帯を手放してないし、電源を落としてもいない。
3回振動して止まるかと思ったのに、珍しくも着信だったらしくそのまま震え続けている。
慌ててみてもソファを握り締めた手は硬直してしまっているし、どのみち出られないのだからせめて早く切れてと願うしかできない。


「あ、久我さん」

「はあっ?」


す、と先輩の右手がポケットの中に入って、私の携帯が取り出されて、無粋な客の名を告げる。
震えてしまったのは、ほぼ同時に身体の裡から指先が消えたせい、に決まっている。
無機質な振動が一瞬腿に押し付けられたからでも、先輩が通話ボタンに手をかけたと錯覚したからでも、ない。
増してや、順の名に反応した、なんて。


「ひっ、……?」

「出てもいいのよ?」

「むりです…っ」

「そう?」


通話ボタンに親指がかかる持ち方をして、微笑う先輩は、無邪気だから怖い。
ぞ、と走った怖気が瞬く間に快感に置換される自分の回路に歯噛みする。
何処にも触れられていないのに声が漏れ続けるのは、組み立てた想像の中で更なる窮地に陥っている自分が感じているせいだ。


「ひあ、は、…ぁ、……あ、」


頭の中ではくすくすと笑う声が二人分聞こえている。
最初の一言二言はいつもくだらない軽口を寄越す順が、染谷?と訝しげに誰何して。
通話口を押し付けられた私の耳元で話しかける先輩と不意討ちで悲鳴をあげた私の声が、まとめて順の元に届いて、声無く驚く気配がして。
立ち直りと順応の速い変態が、楽しそうに私を辱め始める。


「久我さんならノってくれるんじゃない?」

「や、です、ってば!」


振り払いたくて大声を出したはずが、掠れた哀願にしかならなかった。
部屋の外には漏れそうにない。そんな事実、慰めになるわけがない。
首を振って気を逸らしたい。目を瞑ってやり過ごしたい。
でも目を逸らしたらその瞬間に先輩はボタンを押して通話状態にしてしまう気がして。
何でよりにもよって順なの。しかもメールじゃなくて電話なの。
文句を言いたい相手はまだ片道であるはずの電波の向こうで、少なくともこの部屋にはいない。
いないのに、私は既に順の視線に晒されたときの反応を示していた。


「んー、どうしようかしら」

「せんぱ、…やだ、……やめ…っ」


どくどくと血液が煮えたぎる音がする。
熱は頭に回って、視界は白み、先輩の声以外の全てが遠く聞こえる。
それは現実を見たくないからなのだろう。耳元で囁かれる順の声は遠い分乱反射して、私を知り尽くした責め方であちこちを嬲っていく。身体がずり落ちたせいで足の間に挟まっていた先輩の膝に疼いて堪らないそこが激突し、ぬる、と滑った感触は遠いのに得られた刺激は鋭く突き刺さり、制御なんて出来るはずもない身体が震えて、痺れて、


「あ、ふ……んっ、……い、あ、……」


勝手に出て来る涙が止まらない。ソファにしがみつく手は拭うためには動いてくれない。
自重によって押し付けている下肢も、全く動かせなくて。ずくずくともたらされる快楽の強さを、腰を揺らして引き上げることも、無理やり這い上がって引き下げることも叶わない。
もう何もわからない。わかりたくない。
でも、声、抑えないと……いけないのは、なんでだっけ……


「…ゆかり、大丈夫だから」

「ふっ、…は、…ぃ…?」

「携帯、切れちゃったみたい」


ひらひらと振られる私の携帯電話。
ああ、そうだった、電話が鳴って、先輩が意地悪を言って。順の乱入は結局現実には起こらなくて。
安堵と共にぶわっとこみ上げた熱に、煽られて息が詰まる。
吐き出したいのに先輩の指は私の携帯にしか接触してなくて、私の身体は相変わらず言う事を聞かない。
動かないままのこの膝をどかされたら、狂ってしまうところまで追い詰められていることを自覚する。
いつまでこのままでいる羽目になるのかを想像してしまったせいで、呼吸すらまともなものに戻せない。


「でも随分長いコールだったわね、大丈夫かしら」


急用だったら申し訳なかったわね。
私の携帯を見つめながらしみじみと言うのは、先輩の素の方だってわかってるけれど。
焙られるだけ焙られて放り出されている私にとっては、手酷い焦らし以外の何物でもなくて。
現実にはロクに触れられてないから、もう、目の前で動かれることで生じる僅かな風圧にすら縋るように反応してしまう。


「……せんぱいっ!」


…もう、たすけてください。

綾那のときは、もう許して、と思っていた。
順のときは大抵憎まれ口で、気が向いたら可愛らしく強請ってやってでもいただろうか。
まだまだ興味本位の子供だった頃とお互い割り切っていた関係は、思い出したくなんてないけど完璧に消し去りたいわけでもなくて。
こんなとき、走馬灯のように巡っては私を責めるのを、望んでなんていないけど実は厭うているわけでも、ない。
それから触れてくる手は間違いなく先輩のものだから。
やさしくて、あたたかくて、過去の自分すら利用する罪の意識を圧倒的な力で覆い尽くしてしまうから。


「わたしでいいの?」

「そんなの……っ」


当たり前じゃないですか。
言わなきゃ伝わらないって、何度も言わなきゃ駄目だって、わかってる。
だからいくらでも言いますから、お願いですから、もう、


「すきですっ、せんぱ、……せ、んぱぃ……や、……ああっ」


ありがとう、と返してくれたから、このまま、いかせてもらえる。
声は必死で我慢しなくても、先輩がコントロールしてくれる。
終わったあとには髪を撫でられながら、私も好きよ、という囁きが待っているだろう。


「あ、…ひあっ、あ………んぅ―っ!!」


キスで塞がれて迎えた果ては、真っ白な幸福に染まっていた。










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