あやす手のひら(ゆかり・順)




ああ、夕歩はこの手を頼りに生きてきたのだな。
過日の陽向。黄昏にはまだはやい、和室に敷かれた布団に埋もれた夕歩は、額に順の手の平を乗せて、うとうとと微睡んでいる。
容易く想像出来たのは、あまり近しくもない経験をひき写した故に相違ない。
天地に来てすぐに熱を出したとき、見舞いに来た綾那は落ち着き無く動き回り、叱る気力もない私を前におろおろとして、ちっとも役に立ちはしなかったけれど。
もっとちいさい頃、綾那が風邪を引いたとき、持参したプリントは門扉前で取り上げられ私は容態すら訊ねる暇を与えられずに追い返されたけど。
どうしようもない思い出くらいはあの人と共有している私の上を、ただ、順の手は、無言という優しさを抱えて。








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水のなかでもがくようなみっともない恋心(槙ゆか)



ごめんなさい、でも――

だけど、で言葉を紡ぐのを嫌う彼女は、強く有りたいと願って立っているから。裏打ちのある毅然さは、眩しくて格好良くて、少しだけ痛々しい。
だから、と繋ぐ彼女を閉じ込めてしまいたくなるのは、その強さの理由に、私の居場所が無いから、だろうか。
どうか、否定して。拒絶してくれていいの。
逆接で私を拒んで責めて傷つけて欲しい。

――先輩、泣かないでくださいよ

困った声に溶けてしまった愛情が怖くて、過去も未来も見たくなくて、そんな自分が心底嫌で。
だけれど鎖骨の辺りを見つめる私に(ゆかりの中に入ったまま動けない、私に)伸ばされた手を振り払うこともできないこの感情は、愛と呼ぶには臆病過ぎやしないだろうか。













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虹色のシュプール(槙ゆか)



きれいなおもいでをずっとかかえつづけているゆかりがすきよ
先輩の発言はまるで異国の歌のように耳に入った。
私はきれいなんかじゃない。思い出はわすれたいものばかりだし、それをすてられないのは私が弱いせいでしかない。
先輩、とキツく発音して抗議すると、びくんと肩を竦めたくせにその攻撃はまるで効いてません。といった風情でやさしくわらう。
先輩の笑顔は好きだ。素直に言えないのは、その表情は誰にでも向けるって嫌というほど知っているから。
変な条件をつけて、ゆかりがすきよ、と言ったその口で、誰が来るかしれない校舎内で私の唇を塞いでおいて、すぐさま和やかに談笑ができる人なのだ。
私が口を噤むのは先輩の歌に聞き惚れたからでも口内に飴玉を押し込まれたからでもない。
いくら否定しても私をきれいな人にしてしまう、先輩のきれいさをけしてしまいたくないだけなのだ。













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(あいしてる。言えないくらい、愛してる)(順ゆか)



「じゃあね」

「……うん、そんじゃおやすみ」

また明日、とか、そういう次の約束になる発言はしない。
染谷からのそっけないキスはぬくもりすらほとんど残らないから、いつもしつこいくらいに思いを馳せ続ける羽目になる。
あたしからすればもっと長く甘くなるには違いないけど、その甘さは名残惜しさを押し付ける惨めったらしいものである自覚はあるし、
こうやってサッと周囲に目を走らせてからキスしてくる姿は色っぽいし、
その後唇を拭った手をキュッと握り締める仕草には馬鹿みたいに興奮させられるし。
馬鹿みたいに染谷が好きな自分に気づいてうんざりするのは、あたしの愛が、薄っぺらいくせに馬鹿みたいに重たいことを重々承知しているからです。
自分の部屋の扉がやけにずっしりしてるのは、一人で歩く距離が短すぎて気持ちの整理がつけきれないせいです。
相変わるピコピコやってる背中にくっだらないリップサービスをしちゃうのは、あんたのキスが軽いのにまっすぐすぎて怖くって、はやく消してしまわないと頭がおかしくなってしまいそうだからです。













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報われないものを知っているんだ(順→ゆかり)



……なんでこの人と話をしてるといつも綾那のことに行き着いちゃうかなあ。
せめて夕歩の話題になれば楽しいのに。染谷もちょっと柔らかくなるし。
ただの立ち話、会話さえままならない。逢瀬なんて呼べる日はきっと来ない。

「あれは何も考えてないだけだよ」

「知ってるわ」

よく考えるこの人は相変わらずの仏頂面。
その諦めが乗った不機嫌が、誰のためのものなのか、
嫌というくらい知っているからいたたまれなくて居心地が悪い。

「うだうだ考えてるあなた、似合わないわよ」

「ひどっ」

キツイのは、遠慮が無いのは、この人は自分自身を鎧わないから。
あたしが相手だからっていう自惚れも、無いと言ったら、まあ嘘になるけど。
その思い上がりは諸刃の刃だもんね。染谷さんの特別扱いは、そーいう意味じゃ、ありませんもんね。
あたしに限って。
あ、流石にちょっと傷ついた。自業自得だけど。

「……順?」

「染谷、あたしさあ、」

やっぱあんたのこと嫌いだわ、と言ったら告白になっちゃいそうだから、そこまで言って逃げた。
何も考えずにいたかったから、全力で。













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ふたりへのお題ったーというtwitterの診断メーカーにはまってひとつ10分制限で書き散らかしました。各タイトルお借りしています。
拍手にした余り分まとめ。またこっそり増えているかもしれませんが予定は未定。










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