うつろいでゆく、




噛みつくより非道ェキスを欲しがるのは、祈の方だ。


ん……


鼻に抜ける甘い声、には半分くらい故意が混ざってんのを知ってる。
だからってこいつの作為に腹が立つかと言うと、そうでもない。
全く嫌味に感じることが無い、とまでは言えねェが。指摘したら驚かれて、そんで傷ついた顔されんのは。嫌味になんかなる訳がねえし、もう二度と繰り返すつもりもねェ。

好意も悪意も、無関心も。受け止めたり返したりは上手いクセ、ホントのトコロではコイツはいつも孤独だった。自分と同じ土俵で、相手を見てはいなかった。
仮面でしかなり得なかった頃の笑顔を知っている。ソレを引き剥がしても、何も見つからなかったハズの頃の、故意のカタチを覚えている。
零下の拒絶と生ぬるい寛容、プラス呆れるぐれーの諦めしか持たなかった祈の激情を引き出しちまったのは、アタシのせいじゃねェがアタシと無関係でも無い。


…なに、かんがえてるの、

アンタのこと


咎める声が甘いのは、さて、誰のせいだろーな。
アタシの返答の方が気持ち悪ィ感じになっちまったのに思わず晒した渋面で、バカみてえにほころぶ、満面の笑み。
ああ、そーやって笑ってろ。アンタの精一杯の感情表現を知ってるアタシは違う土俵には、立ってやんねェから。











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好きになると、弱くなるね




浮かされる。
熱ばかりじゃなく、今この時だけでもなく。
狂ってる、と思えるくらいの依存。執着。
原因も結論もLove、な愛情は、久しぶりすぎて回路が軋む。
まだ残ってた細い管。酷使し過ぎて、灼けるように熱い。
ただのバカね、と爪の綺麗な友人なら言ってくれるだろうか。
無論彼女ほどの気の使いようはとても真似できないし、でも一般的な剣待生よりは整えてる、程度の爪が相手の肌に刺さるのは。
私には看過出来ない大問題だったのだ。


ごめ……

……なんだよ、

…つ、め、
立て、ちゃって

はぁ?
別にいーけど

でも、…ぁ、……ん、

いくらでも、くれてやるし


だからアンタも寄越せ。
ニヤリと笑う男前を、笑い飛ばせないのが(ほら、)狂ってる証拠。
抱く側でも抱かれる側でも、相手に爪を立てるなんてこと、無かったのに。
痕をつけるのも許さなかった。調子に乗るような子は相手にしなかった。
そうやって鎧うくらいなら遊ばなければ良いのにという自嘲はいつも玲の物言いたげな視線とセットで、でもやめられなかった不毛に立つ時は大抵あの子に謝っていて。
すき、を思うだけの心で誰かと肌が触れ合うのは、純粋過ぎて苦しい。
ごめんなさい、をもう一度。それで眉を顰めた顔がまだ近いことが嬉しくて、彼女を傷つけるこの手が憎くて、切り落としてやりたくなる。


…あとで聞いてやっから

…っ!
や…ぁ……あっ……


強請る声が甘過ぎて恥ずかしい。こんな声、素で出るなんて思ってなかった。
苦しいのは自業自得で、泣きたいのは私の卑怯で、でもそれを黙って促す柊ちゃんが、その優しさに甘える自分が。
最も狂ってる時の思考など無意味だ、と。この熱に浮かされたせいにして、またひとつ弱くなる。
がり、と、私の欲が彼女の背を削り取りながら、歓喜の声を漏らした。










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夜のとばりは落ちて、




しゅう、


布団の中ではいたことばは、幼子が毛布を手繰る所作に似ていた。
恥ずかしさを孕んだ温もりの裡から、そのまま、手を伸ばしかけて。
……あれ、柊ちゃんいない。
実際に確認するまで気づけなかった自分は相当だ。
眠気を引きずったまま、そういえば無意識ではちゃんと呼び捨てなのだな、と思う。
柊。きれいな名前。彼女の優しさは、たとえば少し遠くにある灯り。


ど、したの?

…悪ィ、起こしちまったか?

ちがうわ


振り向いた柊ちゃん、目を細めてこちらを窺うけど、たぶんロクに見えてない。
光源は彼女の足下にあって、つまりこちらからは逆によく見える。
素肌にかろうじて一枚羽織っただけの格好で胡座かいちゃって、その手元にひかるのは、


つめ、

え?

アンタ、気にしてただろ

……ああ、


でも、それは、私が貴女に傷をつけることに対してであって。
そもそもあの感覚からすると、少しくらい乱暴にされたくらいでは何ともない筈。
優しい柊ちゃんを思い返すと、子宮からまるごと収縮する、感触が一本の線になって身体を通り抜ける。
ゆるく首を振る。今欲しいのはそれじゃない。


……よし、


爪やすりをかけ終わった手先を、自身の手のひらに滑らせて、満足げな吐息。
ぞくり、性懲りも無く身体が震える。
仕方ないじゃない、柊ちゃんしかいない夜なんだもの。
柊ちゃんが欲しいのにいないから探しに来た、今なんだもの。


どーよ、

……ん、


手を添えて躊躇なく咥えるのは背後から。
うわ、マジか。沈むつぶやきは動揺を隠す強がり。
思う存分密着した姿勢のまま、硬いところ丸々、舌を押し付けて。縁をなぞる。
逆に鋭くなっちゃってるんじゃないか、少しだけ心配だったけどそんなことなかった。
口の中が切れちゃったならそれはそれでいい、と思ってたし。


もーいいだろ、

うん、合格


ばかみたいな囁き合いが夜闇に溶ける。


ね、柊ちゃん


……欲しい。
近づいた分余計に、眉が上がったのがよく見える。
近すぎて逆にぼやけてるのかもしれない。手の行き場に迷って、結局肩口に添える。
その前に這わせるとぴくりと揺れた背に、私の掻き傷が載っていると思うと火照るのは頬だけでは無くて、だから。
明日、じゃなくて今日、を気遣われてるのはわかってるけど。
その落ち着きを付き崩したくて、今度は意識して深く、唇を重ねる。
最初から貪る獰猛に直ぐ応えてくれるのが嬉しくて、悔しい。
こんなところで彼女に妬く資格なんて無いと、わかってるからなおのこと燃え上がる。


無理すんなよ

……うん


寝所に戻るまでの時間すら惜しくてくっついてたら、わざとらしく雑に布団に落とされて、そのまま、また。
つけっぱなしの電気スタンドを指摘しないのは、だから、深すぎるキスのせいにしても良いでしょう?
この幸せを、ほんのひと時でも中断されたく無いから。私からは絶対、言ってあげない。









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各タイトルはふたりへのお題ったーよりお借りしました。
続きはこの辺










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