あなたの好きな私を




柊ちゃん、何色が好き?

は?

爪、塗ろうと思って

紅愛が暇だって言うから

どうせなら柊ちゃんのすきないろがいいなって

どんな色でも、たぶん持ってるだろうし

あ、柄指定とかでもいいわよ。

…ちょっと待てよ、

紅愛と女子会っぽいことするの久しぶりだし。
楽しみだわー

祈、おい、ストップ。

ん?

…わりーけど、ついていけねぇ

え?  マニキュア嫌いとか?
柊ちゃん唇にまで穴開けちゃってるのに、

ちげーよ。
とりあえず、もっかい最初から話せ

……聞いてなかったの?

あんたのスピードの問題だ

えー、そんなに早かった?

この手元の紙の束、見えてマス?
つーか不意討ってマシンガントークとか、勘弁しろよ

…ごめん。

よし。
で?

マニキュア塗ってくるから、色のリクエスト、くれない?

へぇ。
っつーとネイルちゃん?

そうだけど、それさっき言った。

あっそ。

……わあ

となると、手の方な。
んー……

え?

……あ?
あー、キホン、ペディキュアのが好きなんよ。

そうなの?

まーでもネイルちゃんに塗らせんなら手にしとけ。
ふつーにベビーピンクとかでいんじゃね?

……本当に普通ね

あんま派手なんは、

似合わない?

似合うだろーが、それに合う服がな。
普段着の枠はみ出んだろ

なるほど。

ま、ベツにそれはそれで面白そーではあるが

じゃあ普通のにしてきますー

そーかい。

あ、カラフルなのも借りてくるから。

は?

柊ちゃん、塗ってね?

…足にかよ

うん。

まーいいけど。
借りるトコまで行くンなら買えば?

柊ちゃんが気に入ってくれたら買うわよー。
だから下調べ

あっそ。

楽しみにしててね?

どっちをだよ

もちろん、









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退行するアイデンティティ




「柊ちゃんって、足フェチ?」

「はァ?」

「だって、これ、好きみたいだし。
 いまも、」

「…アンタもそーゆー短絡思考、すんのな」

「短絡って、」


それよりアンタもって。
じり、と焼ける胸の奥。片足担ぎ上げられて、もうお互いしっかり素肌どうしで、でも日常の軽口は楽しいから交わし続ける、休日の夜更け。


「妬いてもいい?」

「なんで、
 ……あー、」


なるほどな。と呟く息が太股にかかる。
わざとでは無さそうだったから余計に息が乱れて、私のそれに気づいて悪い笑顔を浮かべた彼女が。付け根ぎりぎりに吸い付いてくる。


「……っ」

「いーけど、」


そういう返し方をするときの柊ちゃんは、私の見当違いを笑ってる。そうやって、甘やかしてる。
彼女相手に虚勢を張る意味は無いから、私は事ある毎に咎めて、拗ねて。そうやって、甘えている。
不毛だなあ、と思いながら居心地が良くて。ナイフと曲芸するような危ない真似は、それはそれで楽しかったけど。
戻りたい、とは間違っても思わない。まだ強がりでしか笑えない、苦い記憶。


「な…によ、
 …しゅうちゃん?」


その先が中々続かなくて、身を捩って彼女の顔を窺う。
結構腹筋を使うから、地味に苦しい。離してくれない足の先には、結局潔いくらいの水色になった爪。
抱えた柊ちゃんが、にやりと笑って噛み付くのは、一番柔らかくて、弱いところ。


「……!」

「あとでな、」


見てたのに、来る、と思ってたのに。
堪えきれなかったのは、さっき想定外に酷使した筋肉のせいだ。
こんな風にただ受身になってしまうことは珍しくて、ほら、柊ちゃんまで片眉をあげている。
そーゆー気分? 聞かれてるのがわかったから首は横に振る。
そこまで落ち込んでるわけじゃないのよ。
そんなに優しくしなくていい。いざその時、に困ってしまうだろうから。
自分勝手な理由を押し付けることを許すのは、私自身。ほかの誰にも渡したりなんかしない。
そのプライドを目を細めて受け止める彼女が顔を寄せる。もうすっかり蕩けてるのは、貴女のせい。
せっかくだから。来る、直前に後頭部を鷲掴んで、思いっきり引き寄せてあげた。













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この一秒を切り取って




ごめんね、
ブーツにしちゃった

似合ってんじゃねーか

そう?
ありがと

どーいたしまして?
……んで、何がゴメンだよ

みずいろ

は?

見えなくなっちゃったから

あ?
……あー、昨日のな

うん。
……柊ちゃん?

じゃ、買いにいくか

え?

今日のアンタなら足元、サンダルでもよさそーだし。
そろそろ出てんだろ

…それは出てるだろうけど、

何?

……なんだかデートみたい

デートだろうが

……そうだけど


そこで口ごもった私を訝しげに見た柊ちゃんが、ややあって苦虫を噛み潰した表情になっていく。
……失敗、しちゃったかなあ。
何を今さら、とか言おうとしたのだろう口は引き結ばれたまま。
理由を理解してしまったことを示す沈黙は、だから私から破らなくちゃならない。


…映画館、違うとこ行かないとね

…そーなん?

うん、
バスも変わっちゃうけど、良い?

同じもん観られんなら気にしねぇよ


つーかバスかよ。目のつけドコロ。
おかしそうに笑い飛ばす様は、少しだけわざとらしい。
私が気づいてることに柊ちゃんは気づいてるだろうから、お互い何もつっこまない。
手を繋ぎたいと急に思ったのは、その優しさに直接触れたくなったから。


柊ちゃんも似合ってる

サンキュ。
こっちもな。祈がそのカッコで、安心した。

え?

浮いてたらイヤだろーが

あ、柊ちゃんも考えたんだ

そりゃァな。
っつーとあれか、このジョーキョー、お互いのアユミヨリ?

なんで片言?

キブンだよ

知ってるけど


じゃあ聞くな、とは言わない横顔。まだ学園の敷地内なのに、あっさり繋がれちゃった手が火照る。
最後の冬の名残を伝える寒波が、手袋つけてくるか迷うくらいの気温なのに。薄手の薄茶色、お気に入りだけどしてこなくてよかったな。帰りはサンダル履いてくることになりそうだし。


お土産、紅愛のだけでいいかしら

何の土産だよ

土産っていうか、お礼?

マニキュア1本?

ん、そんな感じ

どーせなら連名にすっか

うわー、嫌がりそー

渡すのはアンタな

二人で一緒に、じゃ駄目?

それこそイヤがられんじゃね?

それ見るのが楽しいんじゃない

それ、お礼から外れてね?

ふふ


痛みなく笑いあえる話題は貴重だから。ただ楽しいだけでいられる時間をひきのばしたくて、陰でこっそり必死になって。ダシにした友人に気持ちだけ手を合わせて、冬の終わりに目を細める。
あとは暖かくなっていくばかりの空気を吸い込むときに、隣にこうやって彼女がいることの幸せをまっすぐに受け止めるための力は。柊ちゃんの左手をぎゅっと握りしめるために使われた。












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「この一秒を切り取って」はふたりへのお題ったーからお借りしました。










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