待ってるだけでも、黙ってるだけでも




いっぽん、にほん、線を引く。
線は点になるし、面になる。

絵が描きたいと、言われた。


「服で隠れるところにしか描かないし。
 それにゆかり、シャワーじゃない」

「そういう、問題、では、」

「じゃあ、どういう問題?」

「……とにかく、嫌です」

「そんな拒絶、聞けないわ」


ああ、もう、目が据わってる。
諦めて目を伏せると、まぶたの少し上、眉の辺りに小さなキス。
承諾するまで諦めないし、謝罪のひとつも無しに口付けを落とせば良いと思ってる、先輩のそういうところには心底腹が立つのに、その柔らかさと甘さに結局絆されてしまう自分にはもっと嫌になる。
だって先輩が嬉しそうに笑うから。その笑い方が、私にしか見せないような物にさえ、見えてしまうから。


「ひゃ、……ん、…」


肌へ到達するまでの過程を見守っていたのに、しっかり認識も予測もしていたはずだったのに、だらしなく声が漏れた。
心境としては、予防接種の列に並んで、注射針を待つ時のような童心に近い。
(私は大抵周囲の騒ぎ様が煩くてうんざりし、いつもさっさと終わってくれないかと思っていたけれど。)
大きく違うのは、この行為には、終わりが全く見えないことだ。
掃かれるむず痒さを堪え切ったところで、むしろ今から始まるのだという現実。このまま息を詰めたままでいられたらいいのに、脳はすぐに酸素を求めて唇を緩めさせる。
童心などと表現してしまったせいで、良心がちりりと咎めてくる。
こんなところでこんなことをして、こんな風に感じてしまっている自分に。背徳感が性感帯を掻きあげる。


「は、……っ」

「動かない」


無茶ですよ、と睨みつけたけれど、届かなかった。
筆が滑る感覚を、体感として知りたくなんてなかったけれど。受け取れば受け取るほど苦しくなるばかりの悦楽は、どろどろに煮えて私をおかしくさせるけれど。
絵に向かう先輩の真剣な顔つきが好きで、それをこんなに近くで見られるのは、嬉しい。
ぼんやり思うのは逃避で、無為な抵抗。
水彩だと溶けちゃいそうね、と微笑う先輩との距離が、絵筆に踊らされるキャンパスを震えさせる。
描かれない線の方がよほど強靭で、紡がれる旋律に、私は。ただ、いとも簡単に操られた。
どこまでが先輩の故意なのかも、わからないまま。











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いつだって囚われの身




やあ……っ


ばかみたいに長い夜に途切れ途切れ、途切れ切ることはなく紡がれる、あまいあまい声。そんなつもりはないのに、媚びが溶ける。痴態が混ざる。
婉曲にねだる可愛げは、やがて追い詰められ。切羽詰まり、すがる腕、絡む足、掠れた声音。
転がってゆく悲鳴、ねじれた欲求、まっすぐに刺さる愛。
……はやく、しとめて。


…ゆかり、

……っ!!
……………は、……っ、あ、……はぁっ…


最後の囁きは名前が良いと、吐いてしまったのは何時だったか。
うつらうつらとたゆたう波間、もう嵐の訪れない夜の安堵と一抹の寂しさを、抱えながらほどきながら、戯れに肌を。擦り合わせてはゆるく笑い合い。溶けた愛の心地よさに包まれていられるのは先輩の優しさで、私の欲深さで。


……んっ


新しく塞がれたのは口。呼吸。
鼻を抜けていく空気には先輩の熱が溶けて生ぬるく、冷ましきれないままで揺さぶられた身体はたちまちびくりと反応を返す。
舌を絡めたまま、先輩がわらう。噛むことも突き放すこともできない私のせいにすることはなくとも、拒絶の不在をいいことにいいようにされる、もう決まりきった未来がじわりと影を伸ばし。
今日と言う日はまた新たな延長を余儀なくされる。


っぅ……あぁ!
は、ん……ん――!


もう、堪えることそれ自体が快楽に成り得る頃合いすら通りすぎてしまった。
それでも堪えてしまうのは本能に近い意地で、先輩の宥め方は優しいから残酷で、抗えなくて、結局最後には甘さしか痴態しか残らない。
残して、くれない。


ん、……ゆかり、

ひ……ゃ、う…


何度でも呼ばれる。何度でも果てをみる。先輩の優しさはちっとも優しくなくて、だから私のためばかりで。優しくなくなってからの熱情は、じっくり見られなどしないのにその瞳の奥から滲み出る欲の深さを反映していて、苦しいばかりだから心地よくて、幸せで、それを示す手段など選ぶほどの余裕があるはずもない。
ちゃぷんと遠くで波間が爆ぜた。わいた灼熱をやり過ごした私の喉元を伝う滴を舐める先輩を、まだ認識できているからその安寧は遠い。
嬌声が音を為している私への呼びかけは、ただ甘いばかりの確認に過ぎないのだから。













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(ああ、そっか、知らないうちにこんなにも、)




じっと覗きこむと、まっすぐ見つめ返される。
顔の輪郭のままにそっと抱え込んで、ゆかりを見詰めたまま。あげられる愛情を全部優しさに籠めるつもりで注ぎ続ければ、やがて泳ぐ目は彼女の可愛らしい照れ隠し。もぞりと動く指の先が私の服にかかるから、いつも、どうしてくれるのかなと楽しみに待つ心地は賑やかに弾んで。与え合いたいという本心を口実にもして、肌をゆるかになぞるのは勿論、彼女に直に求められたいから。

ゆかりの顎の線はとてもきれいで、首筋の薄い皮膚とその奥に浮き上がる血管が好きで。熱をはらみ赤らんだ向こう側に息づく鼓動までが興奮を伝えてくれるのが、いとおしくて。
どこもかしこも魅力的で、そしてかわいい。
誰でもどんなモチーフでも、素敵なところはあるものだと常日頃から思っているけれど。世界は美しいし、星獲りは楽しいし、天地にいれば退屈しない。
だけれどゆかりが隣にいてくれるのは、私にだけ特別に笑いかけてくれるのは、いまだに夢みたいな奇跡のように感じている。
言ったら怒られるから言わないけれど。怒られる想像すら幸せの端緒になってしまう恋心は、だって成就するなんて思ってなかった。
夢見ることすら、ゆるされないと思い知っていた、つもりだった。

本当は今でも少しだけ、自分でいいのかと思っている。自問自答の形を取れない卑怯が、ほら、こうやってゆかりを追い詰めて苦しめてしまう。
ん、と鼻にかかる声。髪にかかり、上から降り落ちるそれにまだ素直さが足りないのを咎める振りをして、歯を立てる胸のいただき。とくとくと鼓動が伝わるところをなぞる指が、もっと彼女の深い場所に埋まれば良いのにと思ってしまう、思えてしまう熱。

いとしいこの子に、必要とされたい。

まじりけのない愛をもらってしまったから、もうそれだけでは満たされ得ないのだと気づいていながら、それだけで良いのなどと強がりたがる。だから本当は、私から目をそらしたく無いんじゃなくて、目線を外してしまうのが怖いだけなの。













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各タイトルはふたりへのお題ったーよりお借りしました。











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