いついつまでも、そんな欲張り




ばかみたいなお願いを繰り返す。
否定されると知りながら、否定されることを願いながら。
とめどなく、とりとめもなく。ばかのひとつおぼえのように。
やめるつもりがさらさら無いのは、先輩が嬉しがるからだ。
無駄でも無意味でも無い、懇願。
届かせることが目的で、届いたことは否定で知れて、その笑顔に絞られるのは、ふかいくらいところ。
あたたかくありたいと思っている、伝えられたら良いと願っている海に似た闇。

わずかばかりとも飾る余裕のあるときは、精一杯の可愛げを粉砂糖のようにかけて。
私らしくない私に降りかかる、やさしくあまく、粉砂糖よりずっと細かく白い愛。
でも本当は、見栄も羞恥もこそぎ落とされた頃のお願い、が一番先輩を喜ばせると知っている。
知っているから尚更、やめられない。やまないやりとりに、愛し合いに、混ざる不均衡。

始まりが強引でも、性急が続いても、必ずどこかで、切断、される。
泣き出しそうな瞳が、遠いから唇で慰める代わりに手を伸ばす。
溢れ出してしまったら、お願いという名の否定をひとつ。
やめてほしいとねがうのは、わたしのむねがいたくなるからです。
言ってしまったら先輩はきっと封じ込めてしまうから。
先輩の泣き顔は見たくないけど、私のために無理して我慢する先輩はもっと見たくないから。
だからそのお願いはいつも聞き届けられない。

咄嗟の否定でも、羞恥ゆえの拒絶でも。
やめられてしまうかもしれない。けれどどう受け止められても、結局は快楽の形として返されることに変わりはない。
そうなの、と微笑んで、覗き込んでくるのに、ぞくり。走る震えは悪寒では有り得なくて。
いい? といつも聞いてくる先輩に、頷く恥ずかしさは身を焙り焼け焦がす。
叶わないお願い、を口に乗せ続け、叶えられるお願いだけは最後まで置き去りにされたまま、
最後に残るのは、次の日に思い出すのは。
只泣きじゃくるしか縋るしかできなくなった私のそれ、を掬いあげて微笑う先輩の笑顔に溶ける幸せの肯定だけ。










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抑えきれる程度の想いだったらよかった




怒りますよ

もう怒ってるじゃない

じゃあ、泣きます

それは困るわ


飄々としているように見えて、これ以上無いくらい真剣で。
ピントがずれている、とは思うけれど、先輩が逃げたり騙したりしている訳では無い事はわかるから、尚の事途方に暮れてしまう。
もうこれ以上無いくらいに近づいていたのに、先輩が更に踏み込んでくるから境界が滲む。
指先は冷たいままなのに微かに震えていて、それに気づいてしまったから心と一緒に触れられた肌が粟立った。


――ゆかり


名前と一緒に吐き出された吐息はためいきに近くもあり、諦めが浮かんでいるようでもあり、ただうかされている時の声無き喘ぎにさえ似ていた。
とん、と押され、呆気なく沈む身体。
抵抗は口ばかりで、そうなってしまうのは抗う私を先輩が嫌がるから。
だから結局、この状況も、先輩のことを好きな私のせいで。


な……んで、そうなるんですか!

だって、どうしたらいいのかわからないもの

話に困ったら押し倒すんですか!?

ちがうわよ、
泣かせたくないから


ごめんね、と繰り返される。反復の内に、指が滑る。
顔と顔は近づいたまま、絡み合う視線で伝え合う思いは、お互いに違いはないはずなのに。


ゆかりの泣き顔をごまかすの、これしか思いつかないの

意味がわからな……


先輩の方がよほど泣きそうな顔をしている。

体は正直で、なんていうと順や綾那の如何わしい所有物の中身みたいだけど、むしろその逆で。
全然そんな気分にはなれなくて、先輩の手もただ冷たいだけで、触れられる面積が増えれば増えるほど寂しくなる。


ごめんなさい、

や、……ぁ、


私だって先輩をこまらせたいわけじゃないのに。
勿論その反対。先輩には笑っていて欲しい。先輩の幸せを心から願っている。
その幸いのなかに少しでも私が入っていられるならば。本当はそれだけでいいのだと。
毎日が幸せすぎるから、つい強がってしまいたくなる。
そしてこうやって、その驕慢が先輩を傷つけたのだと、思い知らされるのだ。







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奇跡がおきたらいいのに




あ、と気づく、予兆。
直前で気づくのに、気づいてしまうのに。先輩の的外れな後悔を謝罪を止められない自分の無力さを呪う、長すぎる一瞬が美術準備室を煤黒く煮詰める。


ごめんなさい、

あやまらないで、ください


そうしたら私からも同じだけ、謝らなければならなくなりますから。


だって、……こんな、

拒絶、してほしかったですか?

……っ


ああ、言ってしまった。
固まった先輩が、何も言えないままで私にかける言葉を探し続け、結局立ち尽くす様子を照らす西日が眩しくて余計に影が映える。
原因があって、結果があって、たぶんそのどちらも勘違いしている先輩の輪郭は曖昧で、すぐそこにあるのに届かない。揺れる瞳に近づくことを、ゆるしてはくれない。
遠近の感覚がいつも以上におかしくなるこの時間に、この身体の重さを抱えているのは、気恥ずかしいけれど嫌では無いのだ。けして。


ですから、拒まなかった私のせいでも、ありますから。

そんなこと、

ないのでしたら、先輩だって悪くないですよ


だから結局、同じです。
どちらも同じだけわがままで、自分勝手で、そして同じくらいに好き合っているんです。
先輩のその表情が、狂おしい程に私を求めてくれたあの姿が、私の錯覚と自惚れで無いのでしたら。

逆光は目にも心にも悪い。平穏をかき乱す闇がぞろりと這い出ようとするのを傍目に捉えながら、それでも相対し続けるのにはかなりの精神力を要求される。
言葉で伝えられるなら、それで分かり合えるなら、そもそもこんな状況にはならなかった。
先輩に抱かれて、愛されて、それなのに先輩を傷つけて。苦しめて。
甘く痛む喉も気怠さも、嬉しくて心地良いのに、それを与えてくれた先輩がこんなにも遠くで泣いていることが、ただ悲しいと。
どうすればうまく先輩に届けられるのだろう。






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タイトルはふたりへのお題ったーよりお借りしました。










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