全部拾って(恵夕)




何の予定も無い休日の朝。
何もしなくていい、何なら昼まで寝ていたって構わない日に限ってすっきり目が覚めてしまうのは、たぶん私だけじゃない、とは、思う。

携帯電話の目覚まし機能を、その役目を果たす前に止めたのはでも随分と久しぶり。最近、寒かったから。
早めに起きても布団の中でごろごろ、ずるずるして、そうして目覚ましが鳴るのをむしろ待っていることが多かった。丸々ひと冬の一人部屋は、ちょっとだけ寂しかったっていうのも、ちょっとだけ、(ううん、おおいに、)ある。
夕歩のいない部屋は、明日も明後日も帰って来ないのがわかってる静寂は、少しどころじゃなく、寂しかった。
だから今、その分まで。すごくすごく幸せ。
そうやって面と向かっていうのは恥ずかしい相手と。一緒に眠ってしまうというのは、やっぱりすごく恥ずかしい。恥ずかしいのと同じくらい幸せだけど、いっぱいになりすぎて、いっぱいいっぱいで、困ってしまう。
困ってるところを見せてしまって、夕歩に迷惑はかけたくないから、そうっと。布団から抜け出そうと試みる。うわ掛けの反対側、巻き込むように夕歩が握って、眠ってるから。息まで詰めながらそうっと。がんばってがんばって、結局芋虫みたいな動きになっちゃったのには、苦笑いしか出なかった。
どうしてこう、かっこ悪いのかなぁ。

そんなことを思いながら中腰で夕歩をまたいで、はしごに足をかける。
色っぽい声を漏らしながら寝返りを打ちかける彼女に胸がどきんと跳ねる。
びくん、と身体ごと揺れたのが自分でも分かって、情けないなぁ、ともう何回目かの苦笑い。
別に誰から指摘されるわけでも、指差して笑われるわけでもないし、……夕歩なんかにはかわいい、とか言われちゃうけど。でも夕歩の方がずっと可愛いし、可愛いで出来てるんじゃないかって時折思うし、つまりそんなの夕歩に言われちゃったら、(しかも極上の笑顔で!)ますます胸がどくどくと跳ねて踊って、おかしくなっちゃうしか無いから、困ってしまう。

はあっと吐いた息が白くなることは、とっくになくなっていて。
ようやく帰ってきてくれた夕歩は、今までと変わらないまま、私の隣で安心して眠ってくれて。
だけれど前とは少し変わっている、少しずつ変わっていく。
縮まる距離に、跳ねっぱなしの鼓動に。くらくらしながら、それでも前に進むんだって決めた。
夏休みが来る頃には、寝る前に夕歩を腕に抱けるように。おやすみのキスが照れないで出来るくらいには、なってるといいなぁ。でも夏だと暑いって言われちゃうかな。夕歩なら、暑いって言いながらも、嬉しそうに、受け入れてくれるかな。受け入れてくれると良いなぁ。
ふわふわと考えながら壁掛けの時計を見る。やっぱりまだ、起きるような時間じゃない。
視界の端に入った夕歩の(本来の)布団が膨らんでいて、一瞬どきっとしたけど見覚えのある髪色が見えてほっと息をつく。
久我さん、来てたんだ。悪いことしちゃったかな。
いや昨日はそんな、久我さんが困る(むしろ夕歩が困る。それよりたぶん、自分が一番困る……)ようなことはしてないけど! 寝る前のちゅーもしてないし! 夕歩には悲しそうな顔されたけど、できなかったし!
(理由は聞かないで欲しい。また、情けないとかっこ悪いと、恥ずかしいと、でも幸せの無限ループになっちゃうから。幸せだけど、恥ずかしいから。)

ココア飲みたいな。でもごそごそしたら夕歩起きちゃうかな。夕歩が起きてからにしようかな。
夕歩、何時に起きてくれるかな。
先に着替えちゃっても、悲しそうな顔、されないかな。
ぐるぐる考えてたら大きめのノック。性懲りもなくびくんと震えてしまって、携帯電話が手から落っこちる。
慌てて振り向いた二段ベッドは、どっちの段からも物音はしないまま。良かった。
……誰だろ。寮母さん?
さっきのノックでも起きなかったんだから、そうする必要なんて無いはずなのにやっぱりそうっと移動してしまう、ここから大声だして訪問者の名前を聞くことなんてとてもできない私は。
ついさっき落っことした携帯電話のことをすっかり忘れていて、結局つまづいてさっきのノックよりもよほど大きな音を立ててしまう羽目になった。
怖くってベッドの方を振り返ることは、出来なかった。









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#延長戦を読んだ勢いで、な小ネタ。
綾那にバットを手渡してる恵ちゃんが可愛くて書き始めたはずなんですがおかしいな……。










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