王子と姫(玲と夕歩)




与えられた(期待された)役割を受け入れて、演じきれるなら。
演じてることすら忘れて、なりきれるなら。
きっともっと、ずっと楽だったんだろうな。


……空っぽに、なりたかったな

…んだよ、ぶっそうだな


華奢なマドラーを回すのに飽きて、ぽつり呟けば。
即答とは言わずともすぐに反応が返ってくる。
レモネードを撹拌して、しゅわりしゅわり、立ち上る炭酸を何とはなしに踊らせて。からんと音を立てた氷が、沈んではくれないのが不満だったことにして。
銀で縁を軽く弾いたはずの音は、細い銀にしては、(そしてわたしの力にしては、)驚くくらいのボリュームになった。


割るなよ

割らないよ


玲のばか。
ほんのちょっとずつの違和感が、束になって押し寄せる不快に。はばかることなく眉をひそめるのは、彼女は意図的にこちらをみないようにしていると知っているから。
わざとらしく舌先を伸ばして棒の先から舐め取った、雫は予想外に甘かった。
まるで、順が作る「わたし用」みたい。
……そんなの本当は、全然望んで、なかったのに。


なりたかったってことは、なれなかったんだろ


いつもお預け中の子犬みたいな顔をして、わたしにありがとうを言われるのを待っている、ずるい順。


うん、玲と同じ

…言ってろ


ワンテンポ遅れて返る、やっぱりちゃんと返ってくる。
玲の律儀なところはとても愛しいと、こうやって手放しに思うことができるのに。


そっちは、甘くないの?

んあ?
……あ、あー、これか?


答えを口にしかけ、そこで止まった玲は。
首をかしげるというよりはひねって、(どちらにしろ失礼な表現だ、)わたしが抱えてるのとは対のグラスを荒っぽく突き出してくる。


飲むか?

……ん。


たぶん今ふたりして同じこと考えた。
あ、同じこと考えた、ってのまでお互いわかってるなあ、確信しながらひとくち啜る。
きれいな吸い口、なんだか新鮮で少しおかしい。


……あま、

嫌いか?

…好き

おう


炭酸が抜けた分だけ、たぶんわたしの方が甘い。
隣から、ずっ、と勢い良く啜る音。ちょっとだけ嬉しそうな音、まで言っちゃうと言い過ぎかな?
左手の中に持て余してるマドラーを浚っていくことも、わたしの分のストローをさしてくれることもない。
心地いいなあ。そう思えるから、空になれなかった心に今詰まってるこれは、実はそんなにいやじゃないんだ。








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