ロマンチック・パラダイス(氷祈→ナン紗枝)
…オイ。
暑い。
だって。
あと1時間。
…さっきより、伸びてるんだけど。
アンタのせいだろ
だってー
うっせぇよ。言ってあっただろーが。
今日はコレ読むの。
明日返すって、約束したカンな。
上条さん?
の、相方の。
又貸し、いけないんだぁ
貸した方に言え。
…いや、つか、私物だろ。コレ
どんな本?
ああ?
……読み終えンの遅れっから、邪魔スンな
やー。
祈さんの構ってオーラを、ここまで無視されると、ねー?
ムシってねぇだろが。
…お、
ん?
……
……てい、
いっ……オイ、
…ごめん。
よし。
頭、冷やしてくる
おう。
……明後日のランチは、おごってやんよ
幾らまで?
アンタの良心に任せる
……はぁい
*
……えー。
「…氷室さん、」
「……何。」
その本、もしかして。
「ソレ。
…染谷さんに借りたとか、言わないですよね」
本が分裂でもしない限り不可能なのに、うっかり口をついたのはそんな言葉。
……馬鹿じゃないの。
「…目、悪くなったみたいね。」
自己嫌悪してる自分よりうんざりした声が返されたのに、少しだけ、安心した。
「存在意義の消滅じゃないかしら。」
呟きざまに手を軽く持ち上げる、その仕草もわざとらしくはあるものの。
いやらしいとか、だから嫌いなんだと文句をつけるとか、するには。
何故か、どこか、違和感があって。
「……意外にミーハーだったんですね」
「何のことかしら」
ポップでキュートな花模様。
天使みたいに、踊る文字。
誰の放言か、けれども確かにお花畑もさもありなん、という表紙には、うちの学校のバーコードがついていた。
……この人が、この本を、借り出しているところを想像すると、無性に笑えてきてしまう。
……買うよりも、恥ずかしい気がしますよ、それ。なんて。
「……ふふ、」
「ご挨拶ね」
この人も、きっと。
あの頃、私が思っていたほど良い人では、間違いなくないけれど。
少し前まで私が考えていたほど、悪い人でも、無いのだろう。
きっと。たぶん。
今は。未だに身構えてしまう嫌悪感よりはほんの少しだけ多く、そうであったらいいと思う。
「面白かったら、教えてください」
「絶対に御免だわ」
見様によっては貸一つ、なのに。
事実、少し前なら損得計算の勘定に、嬉々として入れてしまっていた、だろうに。
私だって。
あの子たちが言うほど、不幸なんかじゃないし。
あの人たちが笑うほど、不幸せばかりでも、なかったのだ。
(あはは、)
そう、思いっきり笑うために。「いつものように」、背を向ける。
今、一緒にいて欲しい人の隣に立つために。腕を絡めるために。前を向くのだ。
--------------------------------------------------------------------------------------
|