ロマンチック・パラダイス(氷祈→ナン紗枝)





…オイ。
暑い。

だって。

あと1時間。

…さっきより、伸びてるんだけど。

アンタのせいだろ

だってー

うっせぇよ。言ってあっただろーが。
今日はコレ読むの。


明日返すって、約束したカンな。

上条さん?

の、相方の。

又貸し、いけないんだぁ

貸した方に言え。
…いや、つか、私物だろ。コレ

どんな本?

ああ?
……読み終えンの遅れっから、邪魔スンな

やー。


祈さんの構ってオーラを、ここまで無視されると、ねー?

ムシってねぇだろが。
…お、

ん?

……

……てい、

いっ……オイ、

…ごめん。

よし。

頭、冷やしてくる

おう。
……明後日のランチは、おごってやんよ

幾らまで?

アンタの良心に任せる

……はぁい
















……えー。


「…氷室さん、」

「……何。」


その本、もしかして。


「ソレ。
 …染谷さんに借りたとか、言わないですよね」


本が分裂でもしない限り不可能なのに、うっかり口をついたのはそんな言葉。
……馬鹿じゃないの。


「…目、悪くなったみたいね。」


自己嫌悪してる自分よりうんざりした声が返されたのに、少しだけ、安心した。


「存在意義の消滅じゃないかしら。」


呟きざまに手を軽く持ち上げる、その仕草もわざとらしくはあるものの。
いやらしいとか、だから嫌いなんだと文句をつけるとか、するには。
何故か、どこか、違和感があって。


「……意外にミーハーだったんですね」

「何のことかしら」


ポップでキュートな花模様。
天使みたいに、踊る文字。
誰の放言か、けれども確かにお花畑もさもありなん、という表紙には、うちの学校のバーコードがついていた。
……この人が、この本を、借り出しているところを想像すると、無性に笑えてきてしまう。
……買うよりも、恥ずかしい気がしますよ、それ。なんて。


「……ふふ、」

「ご挨拶ね」


この人も、きっと。
あの頃、私が思っていたほど良い人では、間違いなくないけれど。
少し前まで私が考えていたほど、悪い人でも、無いのだろう。
きっと。たぶん。
今は。未だに身構えてしまう嫌悪感よりはほんの少しだけ多く、そうであったらいいと思う。


「面白かったら、教えてください」

「絶対に御免だわ」


見様によっては貸一つ、なのに。
事実、少し前なら損得計算の勘定に、嬉々として入れてしまっていた、だろうに。

私だって。
あの子たちが言うほど、不幸なんかじゃないし。
あの人たちが笑うほど、不幸せばかりでも、なかったのだ。


(あはは、)


そう、思いっきり笑うために。「いつものように」、背を向ける。
今、一緒にいて欲しい人の隣に立つために。腕を絡めるために。前を向くのだ。














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