むしりとったクローバー(綾クロ/綾那→順風味)





クロ、

ん、

キライだ、

…ん、

私は、あんたが。

……うん。

キライ、なんだ。

うん。


なんで。
苦しいときほど、笑うんだ。
理不尽に、怒らないんだ。悲しむんだ。苦しむんだ。


あやな、

……

好きだよ

…うるさい、

ごめんね、

やめろ!


こいつは。イヤになるくらい。
イヤなところばかり、あいつに似ている。
理不尽を怒らない、クラスメイト。苦しいときほどきれいに笑う、元ルームメイトは、ひとを勝手に肯定して、さんざん愛を囁いて、残して。
そして届かない輝きだと、届かない笑顔、ひとつを残して。行ってしまった。


キライなんだ

…うん。


もう、追いかけるのはイヤなんだ。
だから、近づかないでくれ。













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閃光(綾ゆか/過去CP)



ただ、眠ることに。
理由なんて要らなかった頃の話。
ただ、横で眠ることに。
他の意図なんか、無かった頃の話。


「や…っ」

「……すごい、」


絞り出したかのようで、ただ、漏れただけの。驚嘆と感動が入り混ざった呟きは、とても。
身の回りのおとなが、気を抜いたときにふと吐く、なまなましいためいきに似ていた。
ゆらゆらと、綾那の輪郭が。薄暗い視野の中、揺らいでは、ぱっと開いて、また、曖昧になる。

――どぉん、どぉん。

遠くで響く花火の音。
近くでうるさく響く、跳ねる心臓、ひた走る血液。
綾那が、唾を飲み込む音。はっ、はっ、と浅い息を繰り返す、自分の唇、綾那と、同じもの。
何もかもが近くて、遠くて、曖昧で、わけがわからない。わからなくなる。


「……ゆかり、」


いい? と聞かれて、たぶん、だめ、と、答えなくてはならなくて。
拒絶しなければいけないことはわかっていたのに、ぎゅっと目をつぶってしまった私は、
ただ、花火を見たくないのだと。綾那が臆病なのが悪いのだと。
全部を他人のせいにして、獣のような唇が、小さな両の手が、荒々しいことに泣きたいほどの安心をもらっておきながら。歓喜と理性を同時に封じ込めた。
投げ出したお小遣い、巾着袋。誓うまでもないと思われていたはずの、純情と純潔。
直せもしないくせにいとも容易くほどかれた兵児帯の、薄桃色は今も鮮やかに目の裏に浮かぶ。


「……すき、」

「っ!!」


好きなら何をしても良いと思っていた。何、の中身も理由も知らなかった。
眠るという言葉に二つ目の意味を見出すことも、浴衣の帯を結び直すことも出来なかった夏の日、神社の裏手。花火の音。
色も形も覚えていない。どぉん、どぉん、と、鼓膜を打ち、背中を伝う、振動と痛みと、遠い熱。いくら手を伸ばしても、届かなかった、輝き。


「すき、」


愛してるとさえ言えなかった。最初も最後も知らなかった頃の思い出を、今でも不意に思い出す。







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灼塊(槙ゆか/↑の続き)



どうしたの?

え、あ、


……いえ。
そういって、拒絶に近しい形で否定してしまうのは常のことで。
先輩だって本当に気にかかっているなら聞き直して来るし、雑談が主なら話はそちらに流れていく。
だから。いつものこと、なのに。ちくりと胸が痛むのは、後ろめたい理由への自覚があるせいだ。


……ん?


先輩は、優しいから。
首をかしげて、そして心配そうな表情が浮かぶ。ちくちくが、ぐさり、になり、そしてじくじくと疼く。


……思い出していました


こうやって、本当のことを吐露してしまうのは、きっと、本当は、いけないことで。


……今ではない、幸せが、あった頃のことを


ぼかせなど出来やしないのに、悪あがきの真似事をしてしまうのは、自分を慰めるための材料を作っているに過ぎなくて。


……そう


だって先輩は優しくて、
いけない意識の飛ばしかたをしていた私を、責めないままで許して。


……ゆかり

……はい


何もかもを許したふりをして。
傷ついて。悲しんで。
そしてそれを私に伝えてくれる。


……そう。

っ!!


いつも、とは違う口づけの形。
下唇を深く噛まれる、血が滲むまで止めてくれない、
生々しい赤を混ぜた唾液を飲み込むのに途方もない苦労をするぐらいにキツく。
することを(されることを)受け入れると告げた返事は、震えさせたりなどしないのがせめてもの矜持。


…ぁ……


もうすっかり汗を吸ったシーツ、もうすっかり搾り取られた水分、熱とぬめり。
全てを渡すことなどできないから、全てを渡すことで許しを得ようとする、与えようとする滑稽が地滑りを起こし、
口内から始まった鉄錆びの味が、赤黒い鎖が増えては絡み、儚い証になろうとする。


ゆかり、

ん……!


今こうやって名を呼ぶのは先輩だけで、呼ばせたいのも先輩だけで、
だから記憶の蓋はかえってばかになって、狭哀を作り出してしまうのだと、
言えない代わりに噛まれた胸元が、泣きたいぐらいに鮮明な痛みを残し、脳までが赤い歓びに染まる。







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瓶に詰めた泥濘(ナン紗枝前提の氷祈/誰か過去形に~の続き)




ずっ、と、引きずる影が重いから、足を引きずってしまうのだ。
ずるずると、振り落とすことも出来ない、洗い流せなかった汚れが、倦怠になって襲いかかる。
要らなかった。やめて欲しいと、何度も叫んだ。啜り泣いた。
もう許してくださいと、解放を請うた頭(こうべ)はただ項垂れるばかり、視界を狭めて貪られたばかり。
私は、何が欲しかったのだろうか。


「ひむろさん、」「なに?」「知ってますか?」「知らないわね」
「もう!」「それで?」「今日で半年なんですよ」「……それで?」
「あ、付き合ってからでは無いですよ」「ふうん」「……えへへ、」
「何がお望み?」「一緒にごはん、食べたいです」「どこで?」「できたら、学外で。」
「今日は無理よ」「もちろんです! ……じゃ、じゃあ、」


ここ1年ほどはすっかり忘れていたのに、もう忘却してしまっていたと思っていたのに。
跳ね回る感情が色を成し、世界が軽快に回っていた頃。
ほんの一瞬だけれどそんな時期も確かにあったのだと、こんなときに、思い出したくなんか、なかったのに。


「…ッとに、いーのかよ?」
(うん。)
(本当は。ありったけの勇気を振り絞って、口に出した応え。)
「イヤなら言えよ」
(嫌なわけがない。だから言えるわけがない)
「……好きだ」
(……私も。)
「悪ィな。あんたにやれるモンが、これくらいしかなくて」
(そうやって、つぶやいて、抱きしめられたときの。あの衝動。あの、歓喜。)
「何かあったら、溜め込む前に、」
(……ごめんなさい。だって、)
(だって、)


ずるずると、引き出そうとしては失敗する、幸福の鋳型。
呆気ないくらい簡単に馴染んだやさしいしあわせは、やはり呆気なくこの手からこぼれていった。
押し返したかった、跳ね除けたかった、最後には縋るしかなかった役立たずの両手。
同じくらいに役立たずの両足が、もがくように、よろめきながら目指す自室の扉は遠く、重い。

信頼を与えるなら玲が良い。
やさしさを注ぐなら、ありったけを紗季にあげたい。
愛をもらうなら柊ちゃんのが欲しかった。

明日は来ない。終わらせたくも始めたくもないからはやく崩れ落ちたい、扉は遠く、重い。







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