指先からすり抜けていく





――許さない。

……許されない。


だって、綾那を置き去りにしたのは、私なのだ。


頭の片側が白い。半分は正常に動いている、心臓を動かすために働いている。
どくどくと、今。息づいているのはけれどそこではなくて。
脳裏に浮かぶのは小さな手、幼い唇、無邪気で残酷なことばの暴力、
けれどそれらをそうと感じないほどには私も彼女と同じだった、頃の記憶。
もう半ば霞んでいるからこそ、鮮明に、都合よく作り替えられていく、
そうと知りながら見ていることしか、ただ流すことしか出来ない鮮やかで優しい、とても酷(むご)い、思い出という名の。


っ……く、


食いしばった歯を、ゆるめたら何が漏れてしまうのか。
知っているからこそ堪えきれない波が襲いかかる。
襲わせ、たがる本能が意志を離れて動いていく。
噛んでは、いけない。泣いては、駄目。
だってそうしたら先輩に、バレてしまうから。
心配されて、優しい声で。大丈夫? と聞かれたそのままに。
奪い去られてしまいたい、全てをさらけ出してしまいたいと、渇望に焼かれてしまうから。


ずっと、待っていた。追いかけてきて、欲しかった。
……待ってたのに。


待ってたのは綾那なのに。
この指が仮想する相手も、どろどろに蕩けた思考と共にあふれるこれも、この生理現象も。
胸を焦がす理由は、戻りたい、帰りたいという。
ただそれだけだったはずなのに。


っは、…っ、……あ、……はぁっ……


ひとりきりのベッドの上で、歓喜に泣いた身体を。
隠し通すために震え続ける脚の先は、どこにも行けず、誰の元にもたどり着けずに縒れたシーツの上を滑る。
本当は手を伸ばしたい、あの輝きをつかみたい指先は、甘いから苦い思い出しかない裡側を滑るよりも酷い方法で暴き立て、私の半分を使い物にならなくする。
知っている。憶えている。だけど今は。

ふるい思いを解放することも新たな願望を口にすることも出来ない心が生んだ行き場の無い熱を発散することさえ、もう、満足に出来やしない消化不良のままに毎日が流れ、軋んで行く。



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タイトルはふたりへのお題ったーよりお借りしました。










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