「おやすみなさい、いい夢を。」(紅愛とみのり)





あんたは変わらないわねえ……

そうか?

そうよ。


3人掛けのソファ、真ん中やや右に座る彼女の隣につめて。
腰を下ろすのはいつものぬくもりと重みが欲しいから。


今日、紗枝と柊と会ってきたけど。
あんた、紗枝と張れるわよ、ホント、

おー、あいつら元気だったか?

イヤになるくらいね。

そっか、ならよかったな!


水割りの入ったグラスをローテーブルに置いて、左腕でクッションを抱える。
ザッピングしたテレビはものの数十秒で一回り、パチンと消して訪れた静寂の影で、
一瞬、ふわりと香るように感じ取れるみのりの気配が、私は好きだ。


んお?

んー、

なはは、一本食うか?

んー……


舐めるように含んだ深い蜜色、むせかえる味にあっという間に眠たくなる。
ポッキーとウイスキーって、相性合わないわよ、なんて、知ってやったに違いないみのりに、それでも一々文句を言うのが楽しかった頃もあった。

恋人になったばかりの頃。
同棲を、はじめて少しして、遠慮がなくなってきた辺り。
そういえば数年前、みのりの転勤騒動のときも、ちょっと危なかったっけ。

数え出せばそれなりにはあった気もする破局の危機も、気分や心境に影響をさして与えやしないくらいには私はアルコールに弱い。
そんなこと、お互いにとって、自明以前の了解事で。


よっし、寝るか


右から伸びた手が、丸っこく小さなグラスをさらって、九割以上残っていたそれがあっけなく消費されるのをぼんやりと見つめる。
にっと笑うみのりの手はすぐに空いて、手を伸ばせば、ぐらり、いつもの浮遊感と熱。


あーホント、変わんない……

食う量は半分になったけどな!

半減しかしてない時点で、じゅうぶん問題でしょうが……

紅愛は相変わらず軽いなー

ありがとー……


パチン、壁の電気に手を伸ばすのは私の役目。
まっくらな廊下を迷いなく歩くみのりが刻むテンポが心地よくて、私はいつもより少しだけ早めに意識を手放した。



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まあるい地球の片隅で(玲と静久)




あ、眼鏡変えたんですね

……おー、

どうしたんですか?

あー……

わっ、……と。
どうしたの、珍しい。

……

…もうマグカップおいたので、大丈夫ですよ。

……眼鏡屋で、老眼入ってるって、言われた……

…はい?

…繰り返さねえぞ。

いえ、聞き取れなかったわけじゃ、ないんだけど。

…んじゃ、なんだよ。

……玲、重い。

さっき大丈夫っつったじゃねーか、

そうじゃなくて、……右脚、

…あ、ワリ、

もー…

……

そんなにいやだった?

いや、ふつー、嫌だろ。

ふうん、

老けたなーっつー実感、こえぇー……

あはは。
この間は若白髪で悩んでたしね。

…それもむしかえすなよ。めげっぞ。

言うほど無いと思うけど、

目立たせないよーにしてんだよ、やめろ、

私しかいないのに。

関係ねー

目立ったら祈さんが勝っちゃうから?

…おい、ちょっと待て、

あ、私は賭けてませんからね!

それはどうでもいい、いやよくないが、そーじゃなくて、
…その話、誰から聞いた?

え、昨日のお昼、星河さんからだけど。

あいつ…!

あれ、一昨日だったかな?

それはどっちでもいーけどよ。

玲が赤いラインのジャージ着てた日の方。

…それこそ覚えてねーよ。

…昨日の服くらい、覚えておいてよ。

うっせー……

ごまかし方は、昔っから変わらないんですから。もう。
…ねえ、玲。

んあ?

この眼に、私の視力は、あげられませんけど。

いらねーよ、

でも、
あなたの眼には、なってあげますよ

……そりゃ、こえーな

あ、失礼ですね。
私、目だけは、いいんですから。

知ってるし、「だけ」でもねーだろ。

そうですか?

…言わねーからな。

あ、ひど……、ん、

言わねーから、こっちにする。

…もう。
玲、お仕事は?

もう明日の分に入ってる。
とりあえずコーヒーだけ飲んじまえよ

はいはい、





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カレンダーに増えた赤いしるし(順とゆかり)




この人が好きそうな、あの枕ではないけれど。
20年以上こんな関係を続けていれば、寝室で交わした視線ひとつでその手の意思疎通ができるようには、なる。


わお、めずらしー

…なによ、

や、2日連続なんて、何年ぶり?

…そんなに久しぶりだったかしら

久しぶりだって!!

気乗りしない?

まさか!
大 歓 迎 !

叫ばないで

じゃあ抱きしめる。
だから、


そう言っておもむろに両手を広げる順を、うろんな目つきで見上げたところで満面の笑みが返ってくるだけ。
ベッドの上にいるのは私なんだから、あなたの方から、来ればいいのに。
言ってこれ以上調子に乗らせるのも癪だったから無視することに決めて、代わりのようにパジャマのボタンを外していく。
途端痛いくらいに刺さる視線、あなたも相変わらずねえ……と思いながら、見せつけるように。


……ゆかり、

なに?

この前って、京都旅行のときだっけ?


あー失敗したあ! と、顔に書いてあるわよ。順。
エロくてバカな本音を口にしたところで怒らないから、素直に言ってしまえばいいのに、とは、
長年思い続けながら実際に言ってあげたことのない私が今更言える義理でもないけれど。
だって自爆したあとのあなたがかわいいんだもの、とは、
バレたらプチ修羅場くらいにはなるかしら。
今更、離す気も離れる気もお互いにないだろうから、そこの心配はしていないけれど。


前日にあなたが羽目を外した奴ね。

あんたもノリノリだったじゃんかー、
まーほんと、遠足前の小学生かーって、

翌日お互い笑い合ったわねえ……

染谷サン、目は笑ってなかったけど、

目覚まし止めたなら責任持って起きなさいよ

さっすが恐妻。愛してるー
で、どこまで脱いでくれんの?

どこまで脱いで欲しい?


この歳になっても健在なエロくてバカな視線は心地良いけれど、現実的にはそろそろ肌寒いから。
脱ぐのも見られるのも構わないからこの距離をいい加減縮めてくれないかしら。
それを実現させるにはどう考えても失敗した発言に煽られた順が、心底嬉しそうに笑うから私のささやかな自尊心は満たされて、隠した内心と一緒に安堵の息を漏らす。
上をあと一枚残して、腰を浮かせば、いやそれは勿体無い! とか叫ぶのに返事はなかなかくれないから、よっぽど立ち上がってこちら側に引きずりこんでこのまま押し倒してやろうかと思ったけれど。
まあ、実行するぎりぎり少し前には、答えと応えをくれたから、よしとしましょう。





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TLで展開された素敵ネタ、「40代なはやブレ妄想」に便乗。
素晴らしい元ネタをくださった、有利さんと宵藍さんに捧げます。

タイトルはふたりへのお題ったーよりお借りしました。












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