息の吸い方を教えてください(綾紗枝)





逃げられなくなったのは、私の方だ。

口元、よりは少し下、顎の辺りにキスをされる。
吸い付かれる感触はあるけれどもきっと痕はつかない、それはこの人のやさしさなんかではない。
……けして。
やさしさであったらいいのにと思うのは私の勝手で、それならばなんなのだろうと考えてしまうのは私の臆病で。
どちらも口にできない私はそれならばいっそと卑怯な手段でこの人の口を塞いでしまおうとして、結局いつものように失敗する。


だめって、言ったでしょう?

……聞いてませんよ

あら、そうだった?

…祈さん、


――祈さん。
信じられない程の切実を抱えてしまった呼びかけを、あっけなく受け取った目の前の人が無邪気に笑う。
信じられない。未だにそう思ってしまう、まっしろな肌が惜しげもなく眼前にさらされていて、細くしなやかで、有り得ないくらいに強靭な腕も指先も、もしかしたらこころのひとかけらにも、私の存在が乗っている、うっすらと膜になるぐらいには、たぶん、ぬりこめられてしまっている。
刻みつけたい、だなんて、そんな。大それた願いを抱いてるわけではないけれど。


どうしたの?

なんっ、…でも、無いです。

そう? その割に、

っ……!


いともたやすく噛みつかれた首筋が熱い。
どくどくと、脈打つのは、本能ばかりで出来た欲求がでどころを求めて暴れているからだ。
のしかかられて、押し倒されかけて、それでもこの格好のままなのは私が使っているベッドが下段で私はその端に追いやられて、物理的にこれ以上背後には倒れられないからに過ぎなくて。
けれども、もし前提条件が違ったら、などという考えは、そんなIFをこの人は許しなどしなかっただろうという確信ひとつで。あっという間にひっくり返されてしまう。
焦ったように胸元に吸い付けば、鈴を鳴らしたような笑い声。
それが猛獣の咆哮より恐ろしいと、思い知っている背筋が震える。
灼熱さえなまぬるく思えるような歓喜に、身が焦がされて行く。


……ああ、ごめんなさい、

…いえ、


この人がらしくもなく真剣な目つきをするのは、私の身体をじっくり眺めて、この人がつけた傷を検分するとき。
それを消毒するとき、終わってからふと緩む目元、きゅうと結ばれた口元はほどける前にこの人の華奢で頑丈な手によって隠されてしまう。
私が隠したいのに。覆って、しまいたいのに。
そんなこととても言えやしないから、今日も。この人の乗った太腿ばかりが熱い。
指先を、唇を。熱を捧げるのは私なのに与えられるのも私ばかりなのだという実感が、絶望が、甘やかに襲いかかるこのひとときが嫌いなどとは、口が裂けても言えない。
だけれどこのいっときを。思い返す度に身を焼く切望は、きっとこの人すら知らないのだという現実が、この人の、祈さんの全てを奪ってしまいたいと思う乱暴な心が、そう錯覚するくらいは許されるだろうという情けない打算が、
この人には届かないままで、今日も。届かないことに途方も無い安堵と不満を抱えながら、私の唇は、指先は。
眼鏡を外されてぼやけた視界は、乗られて固定された身体は。冷たい壁の当たる背中に伝う快楽は。この人のために暴力的に脈打っては、ありったけの優しさを籠めて、動いて行く。





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三次創作ですごめんなさい。
最近他人様の妄想を糧にして生きている気がします。日々幸せです。











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