やさしさの檻のなか(綾クロ)





自分のしあわせを、その両手いっぱいに、多すぎも少なすぎもしない量を、ちょうどいっぱい、ありったけをもらえるこどもが、
でもあたしよりこの子に先にあげて。あげてよ、って、無邪気な顔でお願いしている様子は、いやになるくらいせつなくて、いっそ神々しくさえ、あって。
そんなのいいんだよ。このしあわせは、君にあげたんだから。
君だけのための、ものなんだから。
そう言って渡し直したささやかな愛を、まんまるな目をして受け取られると、こちらの胸の方が、痛くなってしまう。


あんたがいいんだ。

なあ、この先に、……進んで、


あんなちっぽけな愛情を、最高級の宝物みたいな顔して抱えこんでしまうこいつに、そんなこと、言えるわけがない。
最新鋭のマシンガンもかくやという調子で放たれる軽口も、どこかの淫魔に引きずられたきわどい口上も、本気にしたら痛い目を見るのは、こちらの方だ。
……ああ、私は。この期に及んで、けっきょく自分の心配ばかりしている。

そういう奴なんだ。だから、そんな、無邪気な信頼を、寄せないでくれ。
軽口よりもひどい形でしか示せない愛情のひとかけらを、そんなに大事そうに、抱えないでくれないか。
影星は私が獲る。お前の目を曇らせそうな奴は、全部、排除してやる。
いっそお前の瞳には私以外映らないようにしてやりたいと、思ってしまうことが無いとは、言えない。
暴力的な衝動が湧き上がる、その度にゆかりの、まだあの傷が真新しくて包帯を巻いていた、いつも怒っていた、今思い返せば少しだけ寂しそうだった、あの頃の情景がセピア色で思い浮かんでは、私を現実に引き戻す。
ありがとう。そんなこと、彼女には口が裂けても言えないけれど。
言えないから。私より先に綾那がしあわせになってとほほえむあどけないこどもに、
あんたの存在がそのひとかけらなのだと、告げて抱きしめて、キスをして、パズルのピースのようにはめ込んでしまうことが、できないのは。
私に残された最後の良心なのだと、信じている。





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紙コップ一杯分の饒舌(順と玲・懲りずに新寮ネタ)




……あきた

……

んー……

……

みかどさーん、休憩入れませんかー?

…うるせぇ、

今なにやってるんですか?
あ、順調につまってるじゃないですか

…お前な、

あ、すみません。
「つまってるじゃありませんか」

ちがう、そうじゃねぇ、

え? でも、休憩は大事ですよ?

なんでお前のタイミングに合わせなきゃなんねえんだよ

どーせ煮詰まってたんですよねー?
すーがくのノートは、筋トレメニュー書くとこじゃないんですよー

耳元でささやくな気持ち悪い!!

お、……わ!

器用に避けやがるし……

えへへ。
おねーたまには負けますよぅ

あいつと勝負しようと思うな。その時点で負けだ

…なんか、さとってらっしゃいますねえ……
……で、みかどさん。

あ?

せっかくの休憩なら、飲み物の一杯でも、いかがでしょう?

…わーったよ。

今だと麦茶とオレンジとアイスコーヒーがございますが。

コーヒー……だと、お前今から淹れるだろ。
同じモンでいい。

えー、もてなしがいがない。

これは休憩だ、キューケイ。

それじゃ紙パック、一緒に消費してください。

おう。







あ、みかどさん、カキ氷なら何味がお好きですか?

ああ? …てめー今から作る気じゃ、

ざんねんながらちがいます。
テスト終わったら、ふたりで食べましょーよ。

…どーしてそうなる、

や、カキ氷機、持ってるんですよ。今年は稼働させたいなーって。
みんなに振る舞いたいんで、実験台になってください

…あたしに削れっていうんじゃないだろーな

それも魅力的な提案ですね!
でも本番は、あたしがやらなきゃなので、

…そーだな。

あ、やりたかったです?

…別に、

いくらでもどーぞ!
ということでテスト後のみかどさん予約、いただきました!
……で、いいですか?

構わねーけど。
当日は多分ムリだぞ。

オッケーでーす。こっちにも準備がありますし。
それでは改めまして。シロップのご希望は?

……イチゴ。

わお、

…んだよ、

なんでもないで、ありまっせ……っと!

ジュース、さんきゅ。

ありがとーございまーす。
でもゴミ箱はあっちですよー?

まとめて捨てとけ

もー、水滴こぼれたらどーするんですか、

んなだせぇことすっかよ

ですよねー







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彼女のやさしさ(夕恵・片編みの白詰草の続き)




…どうしよう、

……え?

言っちゃダメなことだって、わかってはいるんだけど。

…なに? ゆーほ、

…弱ってるけーちゃんみると、すっごいこーふんする、

えっ、……ええー?

この手をこーしたあの人は、殺しちゃいたいけど、

っ、……だ、だめだよゆーほ!

…もうだめ?

そ、そうじゃなくて!

じゃあ、

ころすとか、そーゆーこと、言っちゃダメ!

……っ、

ぜったいダメ、ダメだよ、ゆーほ、

…けーちゃん、ごめん。
わかったから、…けーちゃん、

……ダメだよう……

ね、はなして。だいじょうぶだから、

っ、…ほんと?

…うん、もう言わない。

ぜったい?

…絶対。やくそくする、

…うん。じゃあ、いい。

ほんと?

……え?

けーちゃんが、いいなら、

…ぁ、……ゆ、ほ、

したい。

……いいよ、もういっかいなら。

だいじょうぶ?

…たぶん。

けーちゃん、うごかなくって、いいからね。

……うう、それ、はずかしいよ。

はずかしがってるとこも、みたいな。

…ゆーほのバカ、

えー、バカは良いんだ?

あって、……ばかぁ、

ふふ、ごめんね。

……っ!






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「やさしさの檻のなか」はふたりへのお題ったーよりお借りしました。











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