串刺しにした理由というもの





っ……は、…ふ、

ゆかり、

……っん、…ぁ、

…ゆかり。

ん……、


左の肩にしがみつかれていた、可愛い喘ぎも荒い息も、みんなみんな私の肌に吐きかけられていた、それはそれで幸せだったけれど。
小さく震え続けるゆかりの、辛そう、の度合いが上がってきたから。
一旦動きを止めて、できるだけ負担にならないように、そっと、頭を支えながら軽くゆする。
おそらくは十数分ぶりくらいに見たゆかりの顔は、予想したよりは少しだけ余計にあかく、
ひときわ目立つ傷跡の右側が、おさえつけられていたせいか普段とは違う色付き方をしていて。
塞がっている両手を口実に、唇でなぞれば反射で目を閉じた、彼女が唇にもらえなかったことを不満そうに吐いた息は、それでも満足の片鱗を溶かして淡く消える。
とくとくと、密やかに脈打っている錯覚をするそこから、離すときに、ちゅっと音を立てたのはわざと。
つられたように瞼を開いたゆかりは瞳ばかりでなく、ぼんやりとしていて、どうすればいいのかわからないという眼で私を見る。
それに、ぞくり、と、するのは、いつものことであるというのに。
どうしてお互い、性懲りもなく繰り返してしまうのだろう。

差し入れた指が思い出したかのように、きつく締め付けられ、実は正直少し痛い、けれど、
ゆるめて、といったところで、にらまれたり、もしかしたら泣かれたり。
するだけなのだろうことは想像に難くない。
そういう顔も、好きだけれど。進んで困らせたい、わけではないから。
生理的に泣き出す寸前の目元を最初に、皮切りにして。顔から順々に落とすキスは、きっと本当はゆかりよりも私を、なだめるためのもの。
落ち着かないのも、必死なのも、きっと私の方がずっと深刻で、今だって、どうすればゆかりを満足させてあげられるのか、本能じゃないところで考えてしまっているのは優しさでも愛情でもなくて、ただ臆病なだけ、彼女にバラしたら怒られるどころじゃすまないくらに、自信が、ないだけ。


…ゆかり、

…ふ、ぁ、……あ、


くっついていた人差し指と中指、2本をそっとずらすだけで、心地よさそうなためいきが漏らされるから。
安堵と不安で泣きたくなる、ありったけのやさしさと同時にひと思いに壊してしまいたいと思う、この子の笑顔も泣き顔も、果てに至った満足もそれが得られない絶望も、ぜんぶ欲しい、与えたい、奪い去りたい。
こういうときに、何度も、何度も名前を呼ぶのは、ゆかりがそうして欲しいと言ったからで。
それに、私の名で返すのではなく、少しだけ素直にこぼれる息を、声を、漏らしてくれるのは、私がそう、望んだからで。
これだけで充分だと、思う端から次への欲求が湧き上がる。ゆかりの声は、吐息は、私の肌に直接当たらずともまっすぐに届いて、染み渡ってゆく。
だから。好きだとか愛してるとか、あなたがせかいでいちばんたいせつなのだとささやけるのは、今日も。
この熱情が、全部溶けて、消えてしまってからなのだ。





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つかまえた本音の端っこ




うつらうつらとしていた彼女が。
すうと眠りに落ちる瞬間を偶然捉えてしまって、とくり、跳ねた心臓のせいで。
瞬時に染まった頬はさておき、じわじわと手の先まで熱く、血液が駆け巡る様はちりりと痺れる感触すら、伝えてきて。
どうしてだか、まるで呼吸の仕方を忘れてしまったかのよう、不規則な息はそうとは認識できているのに、うまく整えられず、その糸口すら見つけられず。
今日はもう無理ね、と、ようやく投げ出した鉛筆は作業台の上を転がって、あっと思う間もなくころり、落ちて、跳ねて、いとも呆気なくその先を折った。
……なんだか、情けない音。
ぽそり、呟いたのはいい加減、平静を保ちたかったから。
目論見は成功せず、呼吸も元に戻せないまま、ちらり、もう一度ゆかりの方を伺う。
うすやかな眠りは、さっきの落下音でかき消されはしなかったようで、安堵するとともに、すこぶる心臓に悪い寝顔は健在で、かすかな動ですらなくただただ静だというのに、どうして、
横目で垣間見るだけだったはずの視線を引き剥がすこともできないのか、息は乱れるどころか止まってしまったように感じているのか、
今のこれ、を、描きたいのでも記憶に留めたいのでもなく、本当は、その瞼にほど近いどこかに唇をつけて、はっきりしたキスは、ゆるく握られているようにみえるゆかりの拳、できたら剣を支える左手に、与えて、押し付けて、
私を見ていない彼女に、私を、私の痕跡を、自己満足を、
私の影で光源が遮られても、やっぱり起きない彼女まであと数十センチ、
ほんの少しかがめば、手を伸ばせば、このままゆかりが起きてしまえば、きっと。
詰めた息を吐き出せないのが苦しい。苦しいのは、うまくいかない呼吸のせい。どくん、どくんと乱暴に脈打つ、心臓とそれが送り出す、生み出す熱のせい。
さっき落ちていった鉛筆一本分程度の距離を埋められないまま、彼女の名前も、告白ひとつすら、吐き出せないまま、
……意気地無し。
つぶやきとともにぱちり、世界が一変した。





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どちらにしても逃げられない




やさしいときが、それはもうばかみたいにもどかしいときが、ないわけではないのだ。
でも。


ん、……は、……っ、


むずかるような痙攣は、もう全身に広がっていると言っていいだろう痺れは、甘いばかりだから、やさしいばかりだから、私の欲を暴きたて、苦しめる。
するり、するりと。追いかけても願っても、逃げてゆくばかりの刺激。
やまないのに、与えられ続けるのに、満たされない感覚神経が、少しずつ狂っていく、狂おしく、過敏なばかりになってゆく。
このときの心境は、怖気と怯えを携えているというのに、はやく、果てが欲しいと、心の底から望んでいるというのに、
あとから思い返すと、いつも。……怖気と怯えとを携えながら、ぞっとせんばかりの快楽を、追想だけからでも得てしまう。
そんな自分が苦手だ。
……やさしいばかりの、もう、ばかみたいにもどかしい、刺激のせいで鋭敏になりすぎた身体を抱えていた、一昨昨日(さきおととい)の夜を、もう恋しがっている。




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こわれないようにこわさないように




ふ、…ぁ、


とくりと鳴る心臓が、胸が、痛い。


…ど、うして、


蕩けた彼女を前にして、どうしようもなくなって、呼吸すらうまくできなくなった私が喘ぐ。
ねえ、ゆかり?


は、…あ、あ、…ぁ、


首も背骨も反り続けていて、辛そうなゆかりが私に爪を立てる。
背中までは届かない。けれど薄手の布地なら突き破れる、それくらいの力が込められた肩口。
ぎりり、食い込む、彼女の細い吐息。


どう、して、


そんなこと、
「言うんですか」か、「するんですか」か、あるいはもっと違うかもしれない、でもどっちもひっくるめてだというのが一番可能性が高い、
呟いたゆかりが、心臓でも胸でもなく、もっと違うところを痛ませているかのような顔をしたのは一瞬で。
蕩けた私を前にして、どうしようもなくして、喘ぎすら呼吸と等しいものになった彼女は、私の爪を、捕まえて食(は)んだ。


…ぅ、……あ、


ねえ、先輩?
ついに泣き出した私を、信じられないくらい奥深いところで、溶かしながらきつく、




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タイトルはふたりへのお題ったーよりお借りしました。












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