10年前のわたしたち
(順ゆか)





――怖くないの?


そう聞かれたことがある。
聞いてきた彼女の瞳は真剣そのもので、けれどわたしを慮っているだけとは少し違う、
わたしのことを心配すると同時に自分「たち」の参考にしようとしている色は深く、隠そうともしないそれはむしろ嬉しかったから綻んだ口元に順はむっとした顔を浮かべた。


…よゆーじゃん

そう?
そう見えるなら嬉しいわ


無理な強がりをするつもりは無い、けれど。
自分で責任が取れる程度の虚勢を張るのはとても大切だ。
少なくとも、わたしのような意地っぱりな地の剣にとってみては。


きょうは勝ったの?

……ん。


返事は一泊遅れたから、万全の勝利ではなかったことは容易に伺える。
自分が足を引っ張ったことを気にしている風ではなかったから少し心配になる、夕歩のコンディションはややおいてへらっと笑った順によって丁寧な説明があった。


……あたしさ、けっこーいつでもこわいんだ

そう。

だって夕歩の願いはさぁ、あたしに楽しんで欲しい、なんだよ?


対峙した相手の星を落とすための剣よりよっぽど重いと、目の前の恋人は困ったように笑う。
そんなもの、今更だと。知りながら口に乗せる順も順だし、もう何度目かの告白を嫌がらずに効いているわたしもわたしだ。
……順が刃友として夕歩を扱っているのをみると、なんとなく安心するのだ。
誓って悋気などではない。そうではなく、姉妹あるいはお庭番としてのしがらみでなくして、夕歩がつくった檻のなかで、いとしげにその柵を撫でさすっている、その姿をみると、どうしても。


自分と一緒に、でしょう

…そーなんだけどさー、


ここで、ほかの相手ならば天を仰いででもいるときに、わたしをぎゅうっと抱きしめる順がただ愛おしい。
赦しも正答も順には必要無い。けれどここには情がある、軽薄な友人は情けない恋人としてわたしを抱き、知っていることと知りたくないことを上手に天秤にかけて振り分けている。


だいじょうぶよ

ん?

わたしも、じゅんも。


この白い服はいつかまた黒に染まるだろう。
それは諦念ではなく、覚悟。神門さんたちですらあのとき落とせなかったのだ、わたしたちが一発で頂上戦に勝利できるなんて端から考えてはいない。


……そっか。

ええ。


だから怖くないの。
それを口にするには強がりも虚勢も必要とはしなかったから、だからあなたへの秘密として封じ込めた覚悟。
はやく追いついて来なさい、なんて言わない。わたしたちを目標にはして欲しくないから。
見守っていてねと頼んだりなんてしない。放っておいても、ぎらぎら、焼け付く瞳がわたしの背を焼いていると知っているから。
そういった決まりきった了解ごとを口にしないことで、順と口論になったのももうずっと前の話。
あたしはさ、なんでもわかってくれてる染谷が好きだけど、
それをあたしにもういっかい口に出して背中を押してくれたら、それだけですっごいしあわせになれるんだ。
そう告白される前の笑い話を、もう何十回かの寝物語として聞かされているいま、それは懐かしい思い出で少しだけ痛みを伴う記憶で、
ぜんぶわかってる順が、何度でもしあわせそうに口にすること自体は、もうとっくに受け入れているのだけれど。


だってあのとき、染谷に惚れ直したんだもん

知ってるわよ


これが聞きたくて他愛ない意地悪を仕掛けてみせるわたしは、あの頃の順くらいならきっと泣かせてしまっているだろうくらいには性悪な女だ。


へへ、
だいすき

ありがとう、わたしもよ。


これがやりたいがために何度だってそれに乗ってくれる順は、あの頃とは違ってすっかり大人になってしまったけれど。
あのときの、わたしより夕歩との星獲りを優先していた眼光を、今度はわたしに向けてくれている熱が、たまらなく心地良いからわたしはその成長を受け入れるし、肯定する。
染谷はますますかわいくなったよねえ、なんてことばには、何度だって呆れまじりの否定を紡いであげるけれど。



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