(これは報いです)(ゆか夕、のつもり/浮気風味)
彼女の意思が強すぎたから、きっと、彼女の自由は代わりに削られてしまったのだ。
人に二物を与えまいとする、意地悪な神様によって。
……ひどい考え。
知ってるわ。
ならなんで言うのさ。
あなたにこう話すことで、あなたがひどく傷つくことくらいは。
知ってるわよ?
じゃあ。
……なんで、言うのさ。
悲しさを全面にたたえたうすあおい瞳は、ただ。
透明なところばかりが、夕歩に似ている。
……わたし、きっと。
誰かをひどく傷つけたかったのよ。
……いつも、傷つけられているから?
ちがうわ。
あれは到底、傷だなんて呼べない。
だって順も綾那も知っている、先輩すらきっと感づいている。
セックスをしなければ浮気では無いと、決めたのは一体誰なのだろう。
キスのひとつもしていないからプラトニックだと、思い込もうとする胸に宿る熱情は、ならば一体何と呼べば良い?
あたしが言うのも何だけどさ。
そめや、
言わなくていいから。
手を繋ぐことすら無いままに、みつめあっただけで叶う交歓が、愛で無ければ良かったのに。
たとえば今、順とのアイコンタクトで通じ合った、くだらない日常の延長と同じ温度であれたなら。
強い人ってさあ、損だよね。
強くなんかないわよ。
……少なくとも、私は。
ああ、ここには確かに熱がある。
そう思い知ってしまってから、幾度、夕歩(とあの子)の家を訪れ、外で待ち合わせ、時に定期検診にすら付き合って。
他愛ない日常をそうとは呼べない色で、埋め尽くしたのだろうか。
そっか
今にも泣きそうな表情で、それでもなんとか笑みの形を作った順は、夕歩とそんな逢瀬のひとつを紡いだレストランで、夕歩とは全然違う表情で笑う。
ただの日常は、こんなにも尊い。
それじゃあね。
ん。
……傷口が開いちゃったら、こうやって話くらいは聞くから。
気持ちだけもらっておくわ。
それに夕歩を構ってあげた方が、たぶん喜ぶわよ?
……知ってるくせに。
そうね、ごめんなさい。
……もう今日は傷つけないから、
だから何だというのだろう。
気楽でありたいがために割勘にしようとした伝票は呆気なく順の手にさらわれて、あの子をつかめなかったのは一緒なのにその大きな手は、なぜだかすごく、純粋だった。
血の縁なんてさほどのものではないと、知っているからこそ、とても、すごく。
夕歩とは違うから、夕歩の影ばかりがちらついた。
染谷さん、やさしー
本気で言ってるの?
……本気だと思う?
情けない声出さないの。
謝ってなんか、あげないから。
帰ったら私は、ふたり分の夕飯を作るだろう。
今日は残業は少しだけだと思うと、言っていた先輩の帰りを待って、
ただいまとおかえりなさいに愛情をこめあった玄関口でいつものように抱きしめられたり、するのだろう。
先輩があまり疲れていないようならきっとシャワーの時間はずっと遅くなる。
もう、やさしいばかりの手と口が、ふんわりと落ちてくる体重が、変わらないからしあわせで、甘い日常をまたひとつ、つむいで、いちにちを終えるのだろう。
……ん。ありがと
どういたしまして
ぱっくりと開いた傷口を撫でて行く風が、手が。ささやき声が、睦言が来なかった未来が叶わないと知って望んだ結末が悔いることすら冒涜になる過去の数々が。
全部まとめて幸福な今の裏に潜むと知りながら、おだやかに。笑ってしまうのだろう。
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