容易く笑う





瞼に落ちたキスのあと、離れていこうとする先輩を追いかけて唇を合わせるところまでが、いつもの流れ。
もう半ば無意識のうちにやりおおせて、そのままくたりと敷布に身を預ける。激しすぎないスプリングの弾力が心地良い。
あっという間に高められた、身体の感覚はまだ戻って来ないまま。まだ少しかかったままの先輩の重みも心地良いから、咎めることなくふわふわした頭で楽しむ後戯は、何をしても良いと素直に思えてしまうくらいには甘い。
今日の先輩は最初から余裕がなくて、いつもなら優しい愛撫までが性急で、普段から強引な部分はいっそ乱暴でさえあって。切れた唇が地味に痺れていて痛い、掴まれていた太腿はきっと痣になってしまっている。それよりももっと気にかけなくてはいけない気もする服の心配は、けれど現物を確認することができないから、事後特有のうすぼんやりした意識の中でただ、漂うばかり。
……ブラジャーなんて、取り払われるとき、ぶちり、というような音がしていた気がする。
今日のセット、お気に入りだったのに。半分以上は先輩のために買ったものだけれど、だからってあんなにも簡単に破っていいという理由にはならないだろう。……多分。


…どうしたんですか?

うん? ……うん、……ん、


そこまでぐるりと考えたところで、一向に私を離す気配のない先輩が気になって、きれいな髪ばかりを見せている頭のてっぺんに声をかける。
誰がどうみてもそうとわかる生返事、勿論ほかの人にみせたりなんかしないけれど。敏感なままの肌を、たとえそういう意図をもったものでなくともなぞられ続けるのは、実は結構、キツくて、苦しい。
心までが中途半端に剥かれていくようで、ちゃぷちゃぷと波の音に包まれているのにひどく喉が渇いているような、そんな気分にさせられる。


せんぱい。

…うん。もう、いい?

……え?


こげつく水渇を振り払おうと、きっぱりと。
口に出した呼びかけは、ちゃんと届いたのに、こちらが思った通りには伝わらなかったようで、身に覚えなど嫌なくらいあるその声音にギクリと固まる、役立たずの四肢。
脊髄にずくりと響いた振動の名を、考えてはいけない。
そう思う時点で既に捕らわれてしまっている、あけわたしてしまっている。
満たされているから裡から震える。見逃すはずもない先輩が、喉の奥で笑うことで生まれるかすかな振動が心地良くて、ぼうっとしていたのを咎められなかったのは。そういえば珍しかった。


……い、っ!

きつい?

……は、い。


素直に告げれば少しだけゆるんだ眼光に、詰めた息はつられてこぼれ出てしまった。
ためいき、といっていいだろうそれが、随分と水気を持ってしまったのが、恥ずかしくてしかめた顔をどうとらえたのか、先輩の手がそっと私の頬に触れる。
これはただ、なだめるときのもの。やさしく、触れて、なでて、私の緊張をとかして、ほぐして、
――そうして、次の衝撃を、続く無体への準備を、させるときのもの。
もうすっかりあたたまっている、いっそ煮えたぎっている腹部から下を、ぞっと寒気が通り過ぎたのは、先輩がぐいと足を開いたからばかりではない。
物理的に脚を閉じられなくする手段は色々あるけれど、私の知らない方法も知りたくなんてないやり方も、たくさんあるのは予想がつくけれど、少なくとも私の経験上ではいちばんひどい形で固定された下肢が、鳥肌を立てながら熱を持つ。
今度は指じゃなく唇が落ちた花芯、跳ねた腰をくすぐるようになぜる先輩に、もらしかけたひきつった声を詰まらせられて。こんなときに限って溜まっていた唾液が喉奥に流れて、むせてしまった苦しさに涙が浮かんだ。
ああ、かっこ悪い。自己嫌悪にひたる暇など与えないとばかりに動き続ける指先は、絵というよりは何かの曲をつむいでいるような旋律を、気ままに弾(はじ)いているばかりのくせに、私の抵抗を、的確に、奪っていく。


……ひっ!


嬌声と言うには甘さの足りない悲鳴がこぼれ出たのは、不意討ちで、キツく、吸い上げられたから。気持ち良いよりは苦しい度合いの方が少しだけ強い、それでも暴力的な程の快楽が与えられて、溺れそうで縋った先は相変わらず私の脇腹やら胸下やらをすべり続ける、細く長い指の刺激で、
ああ、もう、素直に気持ち良くなってしまいたいのだと。認めてしまいたい。


…んっ、……あ、…ふあ、……っ!


わざと出す、とまでは言えないけれど、こらえることを故意にやめた声は、思った以上に媚が混じってしまった気がして。さっきまでの何もかもよりもよほどこみ上げた羞恥心に涙目になったせいで、ついにぽろぽろとこぼれ出した滴がこめかみを伝ってゆく。その感触にうっかり気を取られてしまったところで訪れる、いつもの衝撃。


…いっ、…あぁっ!

ゆかり、

っぅ! っは……ぁ、……


だめだと、いやだと言わないのが何よりの返答で。私のそういう不器用を、甘えだと認めてくれる先輩が与えてくれる愛情が、圧倒的な質量で私の意地を、最後の葛藤を押し流して行く。







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