――そう。
私は、可哀想だったの。


囁かれて赤く染まったのは、あたしばかりだと、思っていたのに。





悔し紛れに捨ててやった(秀瞑)





あなたは赤いわね、と、大昔、瞑子に言われた。
ワケわかんない。全然、意味ワカんない!!
ばっかじゃないのと吐き捨てた、今に限りなく近い最近は、瞑子の黒と、あいつの色、
どんなだか知りやしないし知りたくないのにまとわりつく、瞑子に、染み付いている、厭な気配。
大ッ嫌い、瞑子なんか、瞑子なんか!!
だってあの頃は抱きしめてくれなかった、本当は抱きしめて欲しかった、欲しい、瞑子の熱が、力が、あつい、くるしい、だって!
ぎゅっと押し付けた掌は、瞑子のそれを押し潰して、それなのに瞑子は微かに眉を顰めただけ、5本の指で、握り潰そうと力を籠めても、つめたい、うすい、それなのに皮膚がある、ぎりぎり人肌と言える肉の塊はかすかな弾力をあたしに返してきさえ、して。
握り返されなんかしなかったのに、それは、
そんなわけないのに、瞑子の、応諾のようで。


……痛い?

痛くないとでも?


鼻で笑われ、反射で落とした視線の先は裸の胸、左側ばかりが赤くてどす黒い、舐めて吸って噛んだ跡、右につけたササメ傷も、太腿にひときわ濃く残る、愚かな、歯型も。
冷静になってみれば全てがくだらない、べたついた右手を乱暴に拭う、それでもへばりついている気がして舐め上げた指先はひどくぼんやりとした味がした。
貪る、なんて無様な言葉、蹂躙も踏みつけも思っていた以上に力仕事で、いとも容易く人の神経を逆撫でた長い指は、結局あたしの背に回ることすらなく白いまま、黒い。
強引に視線を引き剥がし、3秒前まで背後にあったドアを睨む。
抱きしめてくれなかったから抱きしめなかった、噛まれなかったから噛みついた、最後までの時間は、たぶん、瞑子の方が長かった。
捨てられたから捨ててやるのだ。あたしを刻みつけて、傷つけて、苦しめて、そのままゴミのように放り出して、


今日はぬるいのね

っ!?


思わず振り向いたら、瞑子は、いつもの嫌味ったらしい、あの、表情で。
満足? という声は、彼我の距離がこれほどあるのに、紛うことなく耳元に落とされた囁き声だった。
その何メートルかを詰めたのは無意識、沸騰した頭で浮いた手足で、どう歩んだかなんてわかるわけがない。
勢いよく押せば呆気なく倒れた瞑子、痛そうでも苦しそうでもないしかめ面、それにぶつけた今日三度目のキスで、初めて押し入った瞑子の口内は予想通りの温度だったのに予想していた抵抗がなくて、噛み付けなかった歯の根が合わない、震えながら貪ったせいで、唾液が不格好に溢れ、瞑子の顔を濡らした。


な、…ん、で、

まだするの?

なんで!!

秀耶。


あたしのことを、あの眼で、あの目つきで、じっと見つめているだろう瞑子から逃れたくて顔を覆う。
もちろんそれを静止してなんかくれないから、あたしの無様が、あたしが耐え切れなくなるまでたっぷり晒されきった後で、力なく落ちた両手が、行き着いた先は瞑子の腹だった。
このまま力を籠めれば、きっと内臓を傷つける、そうすれば瞑子の顔は歪むだろう、赤い血を流して、あたしのことを、見つめて、あたしに向かって、あたしだけを映した目で、睨みつけて、くれるだろうか。あたしだけのことを、思って、くれるんだろうか。


……めい、こ。

しないの?


突き放されて、鼻で笑われて、あの頃とはとても違う、最近に限りなく近い今は昨日と限りなく近い光景で、あたしを突き放して、笑って、手が、伸ばされ、て。
ふらふらと近づいたあたしの視界が赤い、触れた瞑子の肩は冷たく、頬も首筋も腰も足も、手を這わせたところで唇を寄せたところで、所詮傷つくのは瞑子のうわべ、広がるのはあたしの鉄錆の味だと、思っていたのに。
のたうった蛇のように浮かび上がる痣は、痕は、あたしがつけた赤がかすかに蠢いて、
――可哀想だね? 誰かがあたしの声で囁いた。







--------------------------------------------------------------------------------------

日記で募集したリク企画用小品。
リク主さまに捧げます。ありがとうございました!










inserted by FC2 system