用意されない選択肢(順ゆか)





おずおずと、わたしに差し出すから、何かと思えば。
黒の布、のようにも見えるハチマキ2本分くらいの合皮、触れてみれば端はマジックテープだったしおまけで金属の輪もつけられていたから、なんとなく、どう使うかは想像がついた。
ジョークグッズにしては真面目な作り。こういうのがなんとなく分かるようになってきてしまったのは、順に絆され続けた記録をみせつけられるようで不本意だと、本人に告げたらどうせ曲解して変な方向に凹みそうだから、そしてその間違いを修正するのはわたしが恥ずかしすぎるから、言ってあげたことはない。
一通り、なぞって、そのまま順に返す。途端悲しそうな顔をするこのひとを、一体何度、張り倒してやろうと思っただろうか。
記録などもうとっくに残すことをやめた、それでも回るカウントを、またひとつ増やす。あのね、これ、どう考えてもわたしが自分でつけられる作りじゃないでしょう?


どうせ、ダメだよね?

……あなたね、


今までどれだけ、変態的なことをわたしにしてきたと、思ってるのよ。
ためいきと共に漏らしてしまえば、きょとりとした顔。かわいいから心底腹立たしい。
えっ、じゃあ、とか、口走ってるのはどうみても早すぎるけれど。わたしの方はとっくに受け入れる気になっていて、そもそも拒絶する気も端からあまりないのだから、まあ、彼女に呆れてみせるのはいつものポーズというか、これ込みでプレイのようなものだ。……たぶん。


いいわよ。

やった!


ありがと、と破顔した顔が、こんなに無邪気でいいのかと、いっそ困惑すら覚える心は、いつまでたっても学習してはくれない。
これが、この人の手口だと。それも、天然だから格別、タチが悪いのだと。
ぜんぶ終わって、ひとりになれば。すぐにわかるのに。


ちょっと待ってて、考えるから


そう言って順は、私の手首を取った。
それが右手、なのに、意味があったかどうかは解らない。真剣な目つきが、ごく間近で、しかも私より下にあると、なぜだかいつもより余計にどきりとする。
睫毛とその奥に隠された瞳に気を取られていて、ろくにみていなかった彼女の唇に含まれたのは、いつもの、最後にねだるときに申告させられる本数、3回に1回くらいは、そのまま、自分の中に入れられる中指と人差し指で、
順がいいの、と、頼んでも、すがっても、うん、それも、あげる、と、無邪気に微笑うこのひとに、抵抗しきれた試しはない。


うん、後ろも、いいけど。
せっかくだし、やっぱり、前がいいかな。

…っ、……あ、


……何の話よ。
薄々分かっているくせに、それでも尋ねたかったのに、案の定叶わなかった台詞が、抵抗が、わたしの中にわだかまって、まだ何もされていないうちからわたしを苦しめる。








は、……ねえ、そめや、

や…っ、

声、こらえちゃ、だめだよ。

こらえてな、…い……っ

うそつき。

っ!!


玩具も紐も目隠しも。
自分で調べたことなんてないし、詳しく知りたいなんて思ったこと、ないのに。
もういい加減慣らされてしまった、ああ、今日はこれなの? なんて、思えるようになってしまった、
順に、ただ、されるのがいちばん好き、と、いう事実に嘘はないのに、あたしだって染谷をそのまま可愛がってるのがいちばんしあわせ、って、順だって何度も言ってるのに、
でも、で繋がる言葉を、たくさんの夜を、紡いでしまった結果、いつものように呆気なく、


じゅん、……ねぇっ、

ん。
でも、まだ、よゆうでしょ?

そんなこと…っ

だって、…ほら、

ひゃ、……ぁっ!

ほら、声、がまんした。



なんで、真面目な顔して、そんなこと、言うの。
こういう台詞は、もっと薄笑いで、あるいは傲慢に、もっとひどい言い方で、告げるものじゃ、ないの?
腰をただ一度、撫で上げられただけなのに。呆気なくこぼれた嬌声を、とっさにこらえたそれを、素直に出したら出したで不満そうな顔をしてみせるくせに、
おそろしくわがままな順は、そうとは見えない顔つきで、やり口で、今日もわたしに触れて、あるいは触れずに、わたしを翻弄する。


や、だ、…じゅん、

なにが?

これ、……や、…な、の、

だから、「なに」、が?


「これ」じゃわからないよ。
そう言って、やっぱり小さく笑って、わたしの手に唇を寄せる順。
今日だけでもう何度目か、わからない。数えるなんて不毛な行為、この人にねだられなきゃ絶対、やらない。やれない。
(数えててねと、おねだりされた夜のことは、あまり、思い出したくない。久しぶりにイきっぱなしの状態にさせられた、その中で触れるか触れないかの愛撫を何度も受けた、手の平が、思い出しただけでぞわりとする。)
背も腰も、首の根本からふらふらと、揺れているのはあなたのせい。
あなたを欲しがって震える、煮えたぎる熱のせい。


…さわって、

さわってるよ。

ちが……っ


爪を上の歯にかつりと当てながら、指の腹を舐めるのは、唇でしっかりとくわえてくれないのは、このひとの手管で、意地悪。
少し揺れてしまえばほら、呆気なく順から離れてしまった指先が、両手をまとめて拘束されている、だから握り締めることのできない右の人差し指が、必死でその刺激を快感として受け止めようとして、ひくひく、震える、違うところの代わりになろうとして、
ほら、あっさりと失敗する。


っ!! あ、……あっ!

いやなの?

ぁ……や、だぁ……

いや、なの?

じゅ、…っぁ!

そめや、

ふ、…ん、……!!


両の腿で挟んでいた順の膝が、必死で動かして、揺らして快感を追っていた冷たい布地が、ざらり、剥がされて。
一拍、二拍置いた後に、絶望的なまでの空白を身体に染み込ませてから、わたしにさわる、順の、指。
今日はローターも縄もない、もっとあからさまなモノもないのに、ただ、わたしでは解けない拘束を、幅の広い固定を、手の先にひとつ、されただけ、なのに。
眼前で火花が散った。その衝撃が、ただやさしいだけだった、もっというなら臆病風すら吹いていた、その、愛撫とも呼べない程度の接触が、
物足りないのに満たされて、心と身体が同時に震える。


…イっちゃった?


小さく首を振れば、そっか、と、嬉しそうな顔。
わたしにはわからない何かに安心している、この表情が好き。
今日は、口には、何もされてないから。
そう告げることはできるはずなのに、そう告げることは今日もできないまま、代わりに垂れ流すのは、みっともない喘ぎ、せずにはいられない、素直じゃない抵抗。


…よかった。

ばか…っ

…ふうん?

や、……ちがっ

そーめや。
「なに」、が?

ひ、…っ!


それが好きだという順に、好き、を伝える方法は。
彼女の愛し方を受け入れて、いつの間にか自分のものにして、満たされたがって震え続ける、あるいはよがり続けておかしくなる、真っ暗で真っ白な、ことばではない何か。
ついにほんの少し触れられて、一瞬だけ掠めて、それだけでおかしくなりそうな陰核を、順のスウェットにぎゅうと押し付けたら、なだめるようにきつく、左胸の先を吸われて。


どうして欲しいの?

…じゅ、ん、…も、……ぬいで、


もっとねだるべきこともして欲しいこともたくさんあるはずなのに、ついさっきのあの感触がひどく寂しかったと、そればかりで頭がいっぱいのわたしは、おねだりにもならないような願いをひとつ、吐いた。


ん。


じゃ、染谷が脱がせて?
両手首を拘束しておいて、ひとをここまで高めておいて。
さっきだって胸を吸うだけじゃなく、最後に一度、きつく、噛みついておいて!
その笑い方が、おねだりの仕方が、どうしようもなく好きな順で、だから心から嫌いな、恋人の性格。無自覚の、性癖。
頭の中で吐き捨てたらじゅくりと膣が蠢いた。今日はたぶん順しかくわえない、最後にはきっといやというほど愛されるだろう、まださびしいばかりの、あつさを持て余すばかりのそこに促されて、不自由な手でベッドに両手をついて、順の寝巻きをくわえる。


あはは、染谷、かわいー


声しか聞こえないけれど、彼女の方なんか絶対に見上げてはやらないけれど、
おそらく順の思惑通りに響いた刺激が、衝撃が、わたしの腰をくだけさせた。





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