隣の窓(夕ゆか。順ゆか前提)







私だけでないのは、知っている。
いったい何本が混線しているのか、さっぱり定かではない交際模様を、咎める資格など私にはとうにないことはそれ以上に、
――もちろん。思い知っている。


……あ、……っぁ、


声を出せば満足そうに細められる瞳、それが確認したくて離さなかった視線。
見られていると知ってますます釣り上がる口元が、恋しくなって手を伸ばす。
――ぱしり。実にあっさりと、それを撫で上げた後に、御飯事のように振り払ってみせる夕歩。


っ、

ゆかりはそんなことしなくていいの


そう言って笑う、彼女の顔を今度は確認できないまま。
まるで首を絞めるように私の両目を片手で覆って、その細く小ぶりな手ではすべてを隠せないから、断片として見え隠れする彼女の姿は、余計に、遠く、いやらしくみえて。
いやらしいことを強請っているのが、はしたなく濡らしているのが、……誰か、なんて。


でも、そうだね。
じゃあ、


どこを、舐めて欲しい?
愉しげな声音。鼻歌のように弾んでいる、その囁きが間近で落とされるから、ぴくり、反応したところを隠すなんてこと、できるはずもなくて。
こうすることを、夕歩が好きなのかどうか、本当はちっともわからない。
ただ、私がそう望んだから。きっと、夕歩は、こういう風にわらっている、だけ。


…どこでもいいわ

ふうん?


ああ、これで今日は、きっと。
ひどく残酷に、意地悪く、嬲られ続けるだろう肌が、想像だけで逸って震えた。
順とするときは、こんな怖気、感じたいなんて思ったことすら無いのに。


んっ、……ふ、

……やっぱり似てくるのかなあ。

っく、……は、っ、……


鬱血でも細傷でも、つけて欲しいと言えばきっと夕歩は拒まない、あっさりかなえてくれるだろうその不貞の証は、
欲しがる覚悟など無いくせに、本当に与えられたらありふれた悔悟で死にたくなるくせに、最近は彼女がくれないその感触だけが、順のSEXとの違いであるようで、
……だから欲しくてたまらなくなるのだと。


綾那のねだり方、教えてあげようか?

…ばか言っ、てない…で、
……ね、ゆうほ、

んー?


ああ、このごまかし方も、そっくり。
順で不満だったわけじゃない。夕歩に順を重ねたことなんて、なかった。
綾那の恋愛事情なんてどうでもいいし、本当にこの指先があの人と、こういう意図をもって触れ合ったかなども、この子が他に誰とそういうことをしているのかも、
友人としては心配するけれど、彼女との関係がフレンドの前に要らない冠詞がついてしまった今となっては、それを示すのは白々しい以外の何物でもない。


夕歩、
…さわって、

さわってるよ。


私は手を伸ばす。彼女は振り払う。
この子の大切な人と、しあわせになってしまった私が、こうやってみっともなく縋る不格好を、笑い飛ばす儀式。
そんな単純化した図式で、ひとの感情が表せられるなら、
夕歩がこんな笑みを浮かべることも、愛撫とも呼べないような擽ったさだけで私が蕩けてしまう、だから終わってしまう、
陳腐な関係として完結してしまうことは、ないはずだから。
だから手切れの言葉は今日も吐けないまま、夕歩の言いように踊らされる私が、どこか遠くから口にする懇願。


も、…いい、から


――終わらせて。
夕歩のベッドに沈んだ身体が、解放を求めて小刻みに、震え続けるのに、


やだ。


だってまだ、ゆかり、満足してないでしょう?
そんな甘言で私を撫でる、その囁きが甘言になってしまう。
二日前の順は優しかった。いつも通り。臆病だったと言い換えてもいい。
終わったあとに、あいつも今日は羽を伸ばしてるかな、と、ルームメイトとしての綾那を持ち出した恋人に。
夕歩の調子もさいきんずっといいわよね、平和だわ、と返した私の言葉も、毒や含みなど全く混入しないただの睦言で。
先輩のこと、黒鉄さんの様子。美術部のこぼれ話に、相変わらず宿題の多い数学教師の愚痴。順曰く最近すごく可愛くなったらしいクラスメイトの噂。とりとめのない会話。


ん、…ん、ぅっ、……やっ、

まだ、終わってないでしょ?

だ、から、……ここ、

うん、熱いね。


私が望んだ展開に、ただ溺れていく私の脳裏に、ちかちかと走る白い光とともに思い出すのは、大抵、そういう、他愛ない順との日常ばかりで。
順に不満なんて無い。夕歩とのこれで、満足できるわけでは、無い。
最中に名前を呼び違えることもないし、日々を過ごす中で欲しくなるのは順のぬくもりだし、彼女が夕歩のことをうんと大事にしている姿は、最近では、軽い諦めを携えた沢山の微笑ましさ、それから、きっとしあわせと呼んでいいだろう感情で受け止められるようになっているのに。


だっ、…から、ぁ、……ゆうほ、

うん、

ねえっ、

ふふ、



それなのに気づいたらこうしている。どうしてなのかしらね、と訊いてしまえば、解けてしまいそうな魔法。
彼女の意図も、私の本心もつかめないまま、ただ、ばかみたいに満たされていく夢。
それに冒されているのが私だけでは無いことしか、私にはわからない。







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日記で募集したリク企画用小品。
リク主さまに捧げます。ありがとうございました!











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