かがみの中に落とし物(前提は夕順・神星・ナン紗枝)
ごめんね
……あ?
あのとき、玲にも迷惑かけたから。
……今更気持ち悪いこと、してんじゃねーよ。
うん、分かってる。
わたしが楽になるために言いに来たの。
だから玲、怒っていいよ?
そう言ってこっちが怒りにくくするところが、それなのに怒られても良いと本気で思ってる辺りが、よく知った誰かにそっくりで軽くげんなりする。
渋い顔をしたんだろうあたしの発言を待ち受けるまっすぐさは正反対で、そうやってこいつをなんとか枠にはめようと、無駄な奮戦を試みてるのに気づいて自己嫌悪。
怒らねーから、とっとと帰れ
玲、冷たい。
用があんなら入れてやるけどな
ううん、いらない。
それにもう、玲だけの部屋じゃないしね
二人部屋をぐるりと見回して、あの頃とは違いばかりの様相を興味深げに観賞して。
満足したのか飽きたのか、ふっと色を無くした瞳がもう一度あたしを見つめて。
ありがと、
ただいま
何への感謝なのか聞き返すべきか、迷い始めた瞬間に開く扉、紗枝の声。
交わる三者の視線、妙な絡み方する前にサッと離れる、あたし以外のふたつ。
お邪魔しました
席、外しましょうか?
するりと猫のように扉をすり抜け、消えた後輩と、入れ替わりに部屋ん中入り込んでくる刃友。
ギスギスしてるわけでもねーし、かといってわかりあってるじゃなさそうなのになめらかに過ぎていく空気の気味悪さに、換気のつもりで当たり障りの無い日常を繋ぐ。
あー……おかえり、紗枝
うん。
静馬さん、よかったの?
問題ねーよ
何への「ありがと」?
知らね
あら、罰ゲームのお礼じゃないんだ?
それもあるかもな。
ふーん。
しっかし、よく覚えてるもんだな。
紗枝じゃなくて、あたしが。
罰ゲームという表現をスルーしたあたしに、こいつは不満そうな顔。
近頃ますます表情豊かになってきてんのは嬉しいが、それ、あたしにまで向けて良い種のもんか?
玲のシーツ、血塗れにした子でしょ
あー、まあ、間違っちゃいねーが
身に覚えの無いことで修羅場の当事者になるのは勘弁だからな?
伝わったのか、わざとらしく表情を消したのも話を強引に吹っ飛ばしたのも、こいつらしい意趣返しで。
ロストバージン?
ちげーよ!
されたのは玲側だったと
だっから、ちがうっての!
つか、あの頃のお前だったら、あたしのそんな真似を許しゃしなかっただろうが。
愛と呼べたならむしろずっと楽だった、そう呼ぶには純粋過ぎた信頼を、共依存だと切って捨てたあいつの強さが、眩しくて痛々しい。
似たようなものを背負って、全く違う選択をしたことを知っているから。
あのときも。今だって。そしてあいつの未来を変える手助けはきっとしないだろうから、それ込みでわき上がった身勝手な憐憫を飲み下す。苦い。
……ここにいんのは皆、バカばっかりだな
うん?
大将の箱庭だよ
あら、玲の部屋じゃないんだ
だーほ。そこまでたまり場にした覚えはねー。
大体今はお前の部屋でもあるだろうが。
言ったらきっと、「玲の部屋は私の部屋」とか言われる。間違ってないが全力で間違ってる。
たまり場じゃないなら、余計。
紅愛、妬くんじゃない?
はあ?
結構似てるところありそうだし
……そんなんじゃねーよ。
むしろアイツは、お前に似てる。
……どこが?
主にあたしの扱いが。
咄嗟に思いついた軽口は色々な意味で地雷原になりそうだったから思いとどまった。
さてな
どんな追求が(そして制裁が)来るかと内心で冷や汗かいてたが、意外や意外、紗枝は何もせずにただ小さく笑った。
そうね、皆、バカばっかり
出会った最初から諦めていた当たり前の愛情を、てのひらの上にそっと載せるちっぽけな幸せを、大事に抱え込んで噛み締めている、こいつのこんな笑顔を見れるようになったんだから。
バカに染まるのも悪くない。
半分以上は思考放棄だと自覚しながら、ただ自分に素直に、好きになることまでを許すこの箱庭に。
製作者には意地でも向けてやらない感謝を放った。
ああこれは、さっきのあいつがみせた感謝と、少しばかり似ているかもしれない。
あいつの望みも叶って、ただ好きになることを許されて、幸せになってくれりゃいい。
そしてこの感情はきっとあのバカの親玉のものに似ているのだと、認めたく無いからついた悪態を、紗枝が拾ってはくれないのが、少しばかり寂しくて。寂しく思える幸せを噛み締めるために、あたしも笑った。
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タイトルはふたりへのお題ったーよりお借りしました。
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