もうあと10センチの距離








……ごゆっくり、と、言われても。

後片付けを押し付けられた。というには随分と片付いてしまっている、生徒会室で先輩とふたり。
取り残されたあげくに途方に暮れて、いる暇もロクに与えてはくれなかった先輩の熱を、何故私はここで、こうして、感じてしまっているのだろうか。


「でも、せっかくだし」

「…寮で良いじゃないですか」

「いま帰ったら祈さんたちに邪魔されるわよ。きっと」


自信満々な声音でなんとなく把握した。多分、これ、結託されている。
この口調だときっと神門さんや星河さんもグルだろうなあ……何ですか後輩の意思は総無視ですか。いったい何処の体育会系……というところまで考えて、この生徒会がどのような人選によって成り立っていたかに思い至ってしまった。
いや、私だって、年長者を蔑ろにするつもりはありませんけれど。この場合、そういう問題ではなくてですね。


「……じゃあ部室いきましょう」

「今日は正規の活動日よ。
 あ、みんなの前でされたい?」

「そんなわけないでしょう!!
 …スケッチのひとつでも書けば、収まりますよ」

「本当に?」

「…わ、たしは、大丈夫です……し、」


そもそも、どうして、もうすっかり、「そういう」雰囲気になってしまっているのだろうか。
先輩の目つきも、口調も、態度の全てが私に向かって、……私を欲しがっていて。
かといって、それを口実にして、私の背後に立っている先輩にこのまま身を預けてしまうなんてこと、勿論できやしない。
どこまで守ってもらえるかは分からないにしろ、ある程度の約束と譲歩は引き出しておかないと。行き着く先が怖すぎる。


「…だいたい、どうやってするつもりですか。ここで」

「んー、ゆかり、机と椅子、どっちがいい?」

「あまり聞きたくありませんが、どういう選択肢ですか。…それ」

「座るところ。
 私が座って、抱っこでもいいけれど。」


椅子越しにきゅっと抱きしめられ、思わず震えたのはその唐突さに対してのものだったのに、これ幸いとそれを快楽の端緒にしようと動き始める、先輩のこういうところが苦手だ。
なし崩しに流されてしまうよりは、もっと、ちゃんと。はじめたいし、承諾したい。
……もしそうできる状況があったとしても、素直にそうできる自信などないのに身勝手に想う心は、結局、先輩とのこれを大切にしたいというところから来ているのだから、始末に負えない。
思うさま私の髪に顔を埋めて、満足したのか少しだけはなれた、その距離がさびしいと反射で思ってしまうくらいには、結局、いつの間にかこうなってしまっている。


「あ、立ってしたい?」

「いやですってば!」


よっぽど、このまま先輩を振り切って、対面になって睨みつけて、自分の部屋に直帰してそのまま鍵をかけてしまおうかと思った。
……実行しなかったのは、そのあとのことを想像して、暗澹たる気持ちになったからだ。
ものすごく頑張れば、きっと、何もしなくともこの熱を鎮めることはできるけれど。そんな気力を、個室という空間を与えられた今、絞り出せる気は正直、しない。
それならば、このままここで先輩に抱かれてしまったほうがずっと楽だし、幸せになれる。という思考に至ってしまう時点で既に、もうきっと半分以上先輩の思惑にかかってしまっている。
先輩の吐息が当たり続けている首筋がむず痒い。してほしい、ことは、けれど口になんて出せないから、無意識のうちに代わりに縋ったのは私の胸元にまで降りてきていた先輩の腕で、別に何をされているわけでもないのにぎゅうと掴んで、握りしめてしまって。
かすかに首をかしげた後で、嬉しそうに笑った先輩が。私の名前を耳元で呼ぶために動いたときの空気で、ぞわりと。感じてしまった項(うなじ)、ついに漏れた喘ぎ、顔が熱くて俯いた、私の顎にかかる、先輩の指先。


「このまま、する?」

「…いやです」

「じゃあ、どうしたいの?」


ああ、先輩と目を合わせなければいけない、でも振り向きたくはない、先輩の手は動いてはくれない、もういい加減キスが欲しい。
過敏にも程がある神経を持て余した首から上が、煮えたぎってこの先を望む。
その一歩を踏み出すのは、言葉を吐き出すのは、私でなければいけなくて。
まるで吸い付いてでもいるかのように静止していた先輩の右手は、私が動かせばあっけなく私の肌からはなれて。机の縁(へり)に縋っていた左手と合わせて、両の手で支えてから一本、ひとさしゆびを口に含むと同時に、自然と目を閉じていた。
いつもと変わらない先輩の気配。ぬくもりと熱と欲望。やさしくて強引な、愛情。
それが私に向けられていることに安心して、息をつく。いつの間にか随分とこわばっていた力が抜けて、凭れた先は椅子の背もたれ、そして先輩の腕の中。
くわえていた指と一緒にこぼれ出た私の答えに先輩が破顔したのを肌で感じて、それから、やっと。
力強い抱擁の後でいつもの、はじまりのキスをされた。






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タイトルはふたりへのお題ったーよりお借りしました。









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