パターンB(つまり氷祈)で、紗季が紗枝を救いに来てしまったら、という、割とどうしようもないパラレル。
紗希×紗枝ですつまり近親です。苦手な方はリターンでお願いします。










背伸びをしたら届くの?





久しぶりに会った姉とは、少しだけ距離が広がっていた。
身長はわたしだって伸びたのに、ぴんと張った背筋も相まって春よりほんの少し、離れた頭のてっぺんも。
神門も祈も、勿論わたしも関係無いしあわせの欠片を、手の上に乗せただけで傷だらけになりそうな尖った石を、ぎゅうと握りしめて、真っ赤な血をだらだらと零しながら、しあわせそうに、笑っていたお姉は。
いつも電話越し、電波越しだったけれど、あの頃より、少しだけ。
余計なことを、余計な風に諦めた笑い方を、するように、なってしまっていた。


……結局、うまく、行かなかったんだ。

…そうなるわね。

…よかった、って、言ったら怒る?

まさか。



ありがとう、うれしいわ。
にこり、笑わない笑み。
……はあ。ためいきをついたらびくりと震える。
なんだ。悪い事してるってわかってんじゃん。お姉。


どうして、わたしに、「そう」なの?

……だって。
久しぶりなんだし、姉ぶりたいじゃない。

そういうの、いらないんだけど。

私にとって、必要なの。

お姉、

…ごめんなさい。


ああ、ここまではうまくできていた、わたしの方がいつもより少しだけ強気な、それでも、こんなことはこれまでにだって何度もあった、そう言えるくらいの、やりとりだったのに。
詳細を聞けば聞くほど、聞き出すほど、抑えが効かなくなるのも、なんとなく、わかってたのに。
どうして、今。
わたしの下にはお姉がいて、お姉がいつも使っているシーツは、布団は、私とお姉、二人分の体重とわたしの欲を、受け止めて、いるのだろう。


…紗希。


ああ、そうだ。
お姉の言い訳を、強がりから始まった過去の開陳という名の告白を、姉妹間で行うにはふさわしくないけれどならば他に何をすればいいのか、わからないままの、11歳と13歳は、大人の事情を知りすぎた、ばかな、わたしたちは。
わたしたちは、と、この闇の中に、お姉を入れてしまうことすら、本当は、ふそん、なのだろうけれど。
とにかく。今、わたしの眼下にはお姉がいて。わたしに押し倒されたお姉は、言葉以外での拒絶を何一つ、しなくって。
あの人にもそうだったの? それがお姉の、愛し方、なの?
恋愛で始まるはずの将来の束縛に、拒絶と嫌悪をあまりに近くに置きすぎた、お姉が、諦めきって掴んだしあわせは、ねえ、
やっぱり、そんなかたちにしか、なれなかったの?



……いっときの、気の迷いよ。

……そうかもね。


わかってる。
お姉がそう、思ってることは。
良識ある大人の誰に聞いても、そう答えるだろうことは。
10年後のわたしが、そう思うかも、しれないってことまで。


っ、…ふ、

こえ、だして。

…出してるわ。

たりない。


そんなんじゃ、全然。
いまのこれだって鼓膜を鼻腔を突き抜ける、脳に突き刺さって染み渡って、おかしくなりそうだけど。
でも、もっと、
だって、まだ、


ねえ、紗希

なに?


こんな風に会話する余裕が、あるのだから。
お姉を苦しめたいわけでも、追い詰めたいわけでもないのに、苦しそうなお姉も見たい、お姉が追い詰められてる表情を、すごく、知りたい。
どっくん、どっくんと乱暴に脈打つ心臓。身体のあちこち。その血流のせいで火照る顔は、あんまり、お姉には、見せたくないけど。
わたしを捉えた指先は、わがままでどす黒いわたしをとてもよくあらわしているに違いないそれを、うつむかせることすら許さずに、壊れものを包み込むかのように扱って、そして、


……っ

いいわ、


慰めて、くれるんでしょう?
とても綺麗に笑ったお姉は、とてもよく知った瞳で、全然知らない表情で、嘘、本当はすごく知っている、それがわたしに向けられるなんて思ってもみなかったけれど、とても、とてもよく、知っている、記憶にある、記憶に新しい、あいつと、バカ親のための、そして何より、わたしのための、
お姉が一番大切にしてるのは誰かなんて。本当はとっくに知っていた。
天地学園を受験するわと、わたしに、こっそり、教えてくれたときから。
ねえ、剣帯生制度のために特待生受験なんてものまであるのよと、おかしそうに、募集要項のそのページを指差して、笑って、いた、頃から。
やっとあの呪縛から解き放たれてくれたと、わたしもいないあの学園で、神門も祈も関係ないしあわせを、それが茨でも鎖でも、いっそ猛毒であってもいいと、こっそり思っていたわたしは、
そんなわけないって、本当は、ずっと、ずっと。
お姉がたった今諦めたそれは、その尖った夢のかけらは、本当は、ただの石じゃない、お姉を傷つけるだけの無骨で無遠慮なものじゃなくって、もっとやさしい、乱暴で無様で、だから、ずっとやさしいはずの、ものなんだって、
言うはずの唇を塞いだお姉は、とっくに目を閉じていて、その静かな微笑みも記憶より少し大人びていて、わたしより少し遠ざかって、少しだけ広がった、その距離はもう永遠に埋められないんだと、どれだけ背伸びしても成長しても、届かないんだと。
思い知った身体が冷たく震えた。誤魔化すように触れたお姉の腕は、腰は、頬は胸は太腿は、唇は、肌は、こんなに綺麗なのに、わたしよりもずっと熱かった。







--------------------------------------------------------------------------------------

紗枝誕2014。
タイトルはふたりへのお題ったーよりお借りしました。












inserted by FC2 system