「したい。」





部屋に入って、そのまま、勢いよくベッドに倒れこむほど溜まっていたわけではなく。
かと言って、何もしないまま今日を終えるということはないのだろうとお互いに思っていた、どこへ行くでもない寮内デートの午後。
絵を描くのも剣を振るうのもお休みにして、ただ、ふたりでのんびり、私の部屋で、
それだけを決めて、それだけで期待した目線を交わしあってしまって苦笑いしたのは、一昨日、部室を施錠するほんの少し前のこと。


…ゆかり、

ん……


カーテンは開けて、でも扉の鍵は閉めて。
先輩が持ってきたDVDが、いつだったか順が勧めていたものだったと気づいて口にしたら、斗南さんに借りたの、と答えられた。
順曰く、超メジャーってほどじゃないけど、そこそこ有名な奴、らしい洋画は、確かに充分に面白かった。
あんまり熱中しちゃうものだと、楽しいけれど逆に勿体無い気もするわね、なんて感想を漏らした先輩に。
贅沢ですね、と思わず噴き出したら、先輩はプレイヤーから取り出したディスクを持ったままでキスを仕掛けてきて。
危ないですから、それ、しまってからにしてください。抗議しても甘い悪戯は止みそうに無かったから借り物の壊れ物を慎重に奪い取って。
勉強用の机に隔離しておこうとするときにまでついてくるものだから、(腕を絡みつかせたまま、唇をあっちこっちに這わせようとしてくるんだから、)手に持っている丁度いいサイズのケースの角で、よっぽどこつんと反撃してやろうかと思った。
(多分順のDVDだったら実行していた。斗南さんありがとうございます。)
机に押し付けられてする趣味は無いので、振り向いたところで隙をついて一旦しゃがんだ後、脇をすり抜ける。
どうしようか迷ったけれど結局ベッドに腰を下ろした、その葛藤を見抜いていた先輩は、立ったまま、随分とゆるんだ顔つきで、腰をかがめて、両頬を包んで。
促されているのはわかったから最初から少しだけ唇を開く。するりと滑り込んでくる先輩の舌が、ひどく丁寧に私の口内を這っていくのに安心して、首筋に腕を回す。
頬に当てられた手から順々にたどっていった、私の指に先輩が擽ったそうな声を漏らして。
それすらも私の口の中で溶けていくのだから、嬉しくて私も自分の舌を動かす。
きゅっと左側の顎が持ち上げられてから、慌てたように、謝るように撫ぜられる顔の皮膚。
傷の端が、ひどく擽ったい。なるたけ反応として示さないようには努力したけれど、勿論すぐに気づかれてしまって、今度は確信犯で中指が当てられ、動き出す。
顔の固定が緩んだ分、唾液は飲み下しやすくなって、かかっている負荷の度合いは結果的には同じくらい。
流し込まれるのも、自分の分も、まだ全部飲み込める。呼吸と心臓の音が、少しずつあがっていくのも心地良い。
酩酊というほどでもなく、緩く酔っていたら、私の顔を這い回っていた指が離れて、左手をひと撫でしてから、やんわりと引き離される。


……は、

…ゆかり

…はい。


私のその手を呆気なく落とした先輩は、そのまま口元を拭って、それからうーんと伸びをしたから。
座ってください。くすくす笑いながら言ったら、喜んで。もう一度ちゅっとキスをしてから、左側にぽんと優しい重心移動。


座ってからすればいいじゃないですか

私がしたかったんだからいいの

最初のも、さっきのも?

勿論。
それに、


くすくすという笑い方まで、いつの間にか先輩の方にうつっていて。
待ち構えられているのがわかったから、今度も最初から目を閉じて、さっきよりは少し大きめに口を開けて、今度は私が先輩の頬に両手を添えて、きっとさっきと同じくらい長くなるキスをする。







ふは、……はっ、……は…

っ、…ん、……ふ、


体勢的に楽になったからか、さっきとは段違いになった積極性に抗うことなく身を任せていたせいで、目の前がぼんやりとしている。
この状態のときに先輩の肩に額を乗せると、故意で彩られた吐息と指先が右側からうなじを滑っていく。
それがわかっていて預ける身体が、触れられる前からぴりぴりとしているのは、恥ずかしいけれど、恥ずかしいから余計に気持ち良い。
優しい接触はもどかしい愛撫で、先輩のブラウスを汚したくないから口元を抑えると途端、瞬時に爪が立って、……ぴくん、反応した私を抱え上げて。
そのときのよいしょ、という声に目だけで抗議すると、謝罪は言葉ではなく相変わらず優しいキスだった。
ちょっと待ってね。唇が離れるぎりぎりで囁かれたその指示に、あっさり従ってしまうのはもうほとんどが無意識の範疇。
私のベッドに上がって、壁に背をつけた先輩が手招きをする。
差し出された手には手を重ねず、先輩の上に乗っかるとあら?とこぼれた声は予想した通りのもの。
小さく笑いながら、情けなく伸びたままの右腕から、白いブラウスの袖を抜き取ってしまう。
あらあら、と今度は破顔した先輩が背を浮かせてくれたから、そのまま、背後に手を回して、もう片方の腕も通して。
ベッドの外に放り投げるなんてこと、もちろんできるわけないから。膝から降りて、自分のやり方でたたんでいたら、その間に上も下ももう一枚ずつ脱いだ先輩が、にこにこしながらそれらを手渡して来た。


…もう

ふふ、ありがとう

それは構いませんが……せんぱい?

んー? …さいごまで脱いで欲しい?

…いえ、

そうよね、ゆかりも脱ぎたいわよね


……言いたいことはいろいろあったけれど突っ込まない。
スキニーの裾を揃えているところで手が伸びてきて、胸元のボタンを外されていくのは想定内だから、先輩がしやすいように手をずらすくらいはしてあげるけれど、自分の手も止めたりしない。
あ、フロントホック。つぶやきに、―何ですか。とつっけんどんに返したらくくっと笑われて、そのまま片手でそれをぱちりとはずされてしまったのは、さすがに、ちょっと、確認したいのだけれど。
あの、触ったりなんだりをする前に、ちゃんと、キャミソール、脱がしてくれますよね?
私とは違う方法で、私の服を畳んでいく先輩に、私からはちょっかいをかけ返せないまま、ジト目で睨んでみたら優しく首を傾げられた。


うん、今日もかわいいわよ?

…そうですか……


結構すごいはだけ方をしている今言われても、あまり嬉しくないです、それ。







こういうことって、一度気になってしまうと、ずっと、引っかかり続けてしまう。

――脱がせてください。

結局、自分からは言えなかったのは、だから。
むしろ、頃合を見計らってそうできるタイミングまで、私が、待てなかったというのが大きかった。
快楽の質量や、あるいは時間といったものに、追い立てられていたわけでもないのに。
そう、なってしまったことの方がよほど恥ずかしくて、キャミの紐に先輩の手を押し付けたときは、久しぶりにかっこ悪く俯いてしまった。
炯々と輝く、先輩の瞳が好き。まっすぐに射抜かれる視線は心地良い。
攻受が逆転するときにだって変わらないその熱量は、長い睫毛や生理的な涙で覆われているときなどはいつもより更に、爛々と、燃えているようにみえる。
気ままな指先や、情熱的な唇と同じように、愛してやまないものから、耐え切れず、逃げ出してしまった私に。
はい、ばんざい、なんて、いつもと変わらない口調で、いつもと同じような戯言を口にしながら望みを叶えてくれた先輩は、いつだって、咎める手管を素知らぬふりで忍ばせている。
ちらちらとふたり分の髪が当たる、耳元がひどく擽ったい。先輩の吐息は、意図的に吹き込まれてはいないのにさわさわと流れては微量の刺激になって、やまないそれに息を荒げると先輩のそれもますます増長されて、
終わりがみえなくて怖い、というよりは、まだ、たくさんある時間が楽しみ、といえる余裕のある頃だというのに。ちりちりと痺れたような、痺れる前のような肌と一緒に、呼吸ばかりが乱れていく。


……ぁ、


ふ、と、それを振り払うように笑った先輩が、先輩の腕の中でずり下がりかけていた私を一旦、抱え直して。
引き寄せられた手がそのまま、腰の辺りをなぞり出す。
しっかり抱きかかえてくれるのでは無しに、脇腹からお臍まで、ゆったりとした手つきで撫ぜ回す感触に、身を捩れば落ちてくるのは笑い声。それが不服で塞いだ唇、随分と首をひねる格好になったけれど、受け入れてくれた先輩は優しく、私の舌を自分のそれでなぞっている。
先輩はあいかわらず優しいまま。私が行動を起こすのを、ただ、待ち受けている状態。
……やっぱり、今からでも、攻める側に回ってしまおうか。
休日の一度目は、実は結構、こんな風にくるっと途中でひっくり返ってしまうこともあったりして。
だけれど私が一度最後までされてしまうと、そのままずるずると同じ役割が続いてしまうことが多いのは、きっと先輩の遠慮が削がれるから。それから、あまり認めたくはないけれど、私も少しずつ、素直になれるから。
私がする、よりも、私にする、方が、先輩が高まっているようにもみえるのは、浮かされた頭と身体がみせている都合の良い錯覚なのか、どうか。
たずねるタイミングなんてつかめないまま、ずっと、


……ん、ぅ、……


こうやって、侵入されているときに先輩の舌を吸い上げるのが好き。
おなじように、迎え入れた先輩の指を、身体の深いところでくわえこんで、締め上げているのも好き。
全部が全部コントロールできるわけじゃないけれど、自分の意思も交えた受容は、私だけじゃなくて先輩をも、ずっと熱くするから。
だから、という言い訳をひとつ、してしまえば。ずっと大胆になれることを覚えてしまった。


……っ、
…ん、……はぁっ。


大きく息をついたら、次に息を吸い込むところで胸元を拭われた。
そこまで垂らしている、とは、気づいていたけれど、改めて自覚すると恥ずかしい。
やわり、包まれた胸をさすられて、いやではなかったから先輩のその手に手を重ねることはやめて、ああ、けれどそれならばこの手はどこに落ち着けよう。こんな風に、壁にもたれた先輩に背をつけるような体勢で、長時間続くようなことは、そういえばこれまではあまりなかった。
……その貴重な思い出の中では、私の両手は先輩の手か、あるいはもっと直接的な手段で封じられている。ぱっと思い出せたのは3回なのに、そのどれもが今のようにやさしいふれあいでは無かったから、逆に、途方にくれてしまう。
押し付けられたり、冷たい感触や視線に身を震わせながら強引に高められるのは、もちろん、全然、好きなんかじゃないのに。
余裕が無い先輩は、ただがむしゃらに、私を欲しがっているこのひとをみることは、とても、うれしい、ことなのだと。
脳の方が勝手に判断して、私から、物理的な抵抗の手段を奪ってしまって、だから質問も抗議も、終わってからになってしまって、先輩を余計に、傷つけてしまった。
……けれど、ちゃんと、その後で。さいごまで、話し合ったから今のこの状況があるのだと。
ふわふわと思いながらしあわせにひたるにはちょうどいい刺激が、手の平にすっぽり覆われた右の胸と、指先が滑り続ける左の脇腹からお腹全体から与えられて。今日は目の前に鏡も無いし、どこも固定されてはいないから、結局行き場を失ったままの両手でシーツを撫ぜたら、そう示したゆとりが不満とばかりに強めに揉まれた。というか、胸全体を絞る形で指先を窄められた。
その流れの最後で頂を弾かれてぴくんと揺れたのを皮切りに、それから、やっと、本格的な刺激が届き出す。









落ちるのはあっという間だ。


苦しい?

へ、き、です…っ


そう、と微笑う先輩は、いつの間にか私の股の間に右の膝を差し入れている。
……いつの間にか、なんて嘘。先輩の上に乗り直した私が、腰を這う刺激に耐え切れなくなって、くねらせた身体がぐらり、揺れて、……先輩が、抱きとめながら固定した、抱きしめられるよりはほんの少し遠い、今の距離。


、……ぁ、


ふるりふるりとふるえる肢体は、もうだいぶ前から、制御が、効かなくなってしまった。
私だって先輩に触りたいのに。肩口を撫でて、鎖骨まで滑らせた手を胸元にやるのはゆるしてくれない、すぐに掬われて元の場所に戻される、
それを繰り返すうちに、ずるり、すべって、先輩の首に腕を回す形になった私に、とても嬉しそうな吐息が耳元をくすぐったから、もう、そこで降参してしまった。
だって、こんな、……どうしようもないじゃない。


かわいい、

…っ!


否定しないのは、甘えている証拠。
そんなこともちろん知られているから、笑い声も刺激も、視線さえもが穏やかな感覚として溶けていく。


どっちがいい?

……ん、


そんな意地悪に、素直に答えてしまえるのも。
こんな、揺蕩うばかりのひととき、唇もてのひらも同じくらいあたたかいときだけ。


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タイトルはふたりへのお題ったーよりお借りしました。












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