(たすけて、くるしい。きみがほしい)
染谷、
……さびしい。
今日を入れてあと3日は帰れないけれど、もういい加減寝なくてはいけない。今日を終わらせないと睡眠不足による疲労を引きずったまま最後の2日間を終えることになってしまう。
どちらから電話を切ろうか、たぶんお互いに少し前から気にしていて、できるなら自分からは切りたくないと思っていて。
お互いに同じくらいにまいっていると、わかっているからつい相手に期待してしまう。この習性も、たぶん、ふたりともが自分のダメなところだと自覚している。
でも直せたら苦労しないよね、というところまでが共通項なのが、一番、どうしようもない。
じわじわと引き伸ばされ、それでも目前に迫っているリミットを容赦なく見せつけてくる腕時計を、迷いを振り切るように睨みつけたところで受話口から間の抜けた声。
やっばぁ……
…なによ
あんたのこと考えてたら、こう、……
…こう?
……ムラっと来たといいますか、ええと、その……
……あなたねぇ。
正直な話、ほっとしてしまった。
こういうとき、怒るのが普通なのだろうか。
この人の例の趣味はともかく、私に向けられるこの手の言葉は、実はストレートにあらわされることはそう多くはない。
軽口として誤魔化してしまうことはとてもよくあるけれど。
そういう軽口を躊躇するなんて、あなたらしくないじゃない
……だって、
はいはい、淋しいのね?
ん。
……ねえ、染谷
……ん。
もう少しなら、いいわよ
甘い声になってしまっているのが、自分でもわかる。
でもしょうがないじゃない。順が好きで、彼女が素直に私を欲しがってくれて。
……あんたが欲しい
っ!?
染谷に触りたい。
生で声が聞きたい。
でも、この台詞は、完全に不意討ちだった。
……こんな風にも欲しいと思っているだろうとは予想してたけど、実際に言葉でねだられるとは、思ってもいなくって。
……息、荒いけど
ん、……ああ。
今、触ってたから
……ちょっと、順。
…ごめん、
無意識だった
……本当に、やってるの?
ぞくっと背筋を伝ったのは、嫌悪じゃない。
ああ、どうして、お互い、こんなに真面目な声で、こんなことを、
ねぇ、
……あんたの、熱が欲しい。
…じゅん、
あ、……あぁ、
残念ながら。
……すっごく、本気。……みたい。
伝えられ続けることばに、順自体戸惑っているようだったのが、たぶん、最後のひと押しだった。
仕方ないわね。そう心の中で呟くことで、こっそり彼女のせいにしてしまうことで、葛藤と羞恥心を振り払う。
ごめんなさい。言い訳に使ってしまった謝罪までを心に留めて、けれど順が慌て出す前に。
……もう。
順。……切らないでね?
……っ
順と同じくらいストレートになってしまった言葉は、下手をしたらさっきまでよりも甘い空気をまとっていた。
*
……ん、
声、我慢しないでよ
……無理よ
んじゃ、どこがどーなってんのか、言って欲しい
…そ、んな、
染谷が足りない
…じゅん、
……ごめんなさい、
…でも、やっぱり、無理。
誘ったときに、一通りの覚悟はした、はずだったのに。
いろんなことを言わされるだろうな。それ以上に恥ずかしいことばもたくさんかけられるのだろうし、いつもよりずいぶんキツめのお願いも、耳元でひとつひとつ囁かれて、与えられるのでしょう?
それでも実際に囁かれてみれば、今からしなければならないことを、まざまざと感じさせられる声音が脳を伝って、順の声に揺さぶられて。
じゃあ、代わる?
……っ
あんたの言うこと、なんでもやったげるよ?
ろくに始まってもいないうちから根をあげかけている私に、(そのくせとけ出してしまっている私に、)残酷なことば。
慌てて彼女の名前を呼ぶ。
じゅ、…じゅんっ
…そめや、
はぁ、……は、…
ねえ?
……や、じゅ、…ん、
何回呼んでも、順はやめるって、言ってくれなかった。
電話越しでなんてこれが初めてだし、いつもだって私が抱かれる方が圧倒的に多いのに。そもそもこのシチュエーション自体になんとなくのイメージしか知識がない私に、指示を出す側に回れだなんて。高難易度にも程がある。
したくない、わけじゃない。あと少しだと思うと逆に、途端にこらえきれなくなってしまった、順を欲しがる気持ちは、あっという間に身体に影響を及ぼした。
流石に喋っているだけで濡れるところまではいかなかったけれど、頬なんかがじわじわと火照っていたり、いつも順に触れられるところが無意識に彼女を求めてしまっていたりして。こらえられると思っていたけど、たえきれなくて。
…さ、わって、
……うん、いいよ、
右手の指、揃えて?
や……
だいじょうぶ、あたしがいるから。
うそつき……っ
言われるがままに右手の指を揃え、腿の上にまで乗せたせいで、顔を拭えなくて。
涙声になってしまったのを、順が気づいていなければいい。
気づいていたとしても、私にそう気取らせないでいて欲しい。
足、ひらいて、
やだ…っ
シーツの上をずるりと脚が滑る。
それだけで小さな快感が弾けて、けれど膝までをきゅっと閉じていたときにあった圧迫感とそれに起因する刺激は取り上げられてしまって、
結果的に彼女のことばを否定することでしか現状を受け入れる手段がなくて、駄々をこねるように拒絶するくせ、その言葉を吐いた途端に不安になる。
服で擦るより、ずっと気持ちいいよ?
そんなこと…っ
…うそつき、
ば、かぁ…っ
軽口だけれど大真面目な、順の声は、こんなにしっかり届いていいのかと不安になるくらいに頭に響く。
いつものようで、いつもとは全然違うことばをかけてくる彼女に。いつも通りにしていても大丈夫だよ、と、言われたようで、ほっとすると身体の熱がまた一段上がった。
……怖い。まだ、全然、何もしてないのに。
ひらけた?
ん……んっ、う、…ぁ、
そーめや、
…おしえて?
や、じゅっ、……も、
…は、やく……
……ん。
でも、もーちょっとがまん、ね
握り締めることもできない右の手が、小刻みに震えている。
制御し辛い方の手。彼女にバラしたことは実は未だにない、ひとりでするとき、には口を覆うか、せいぜい胸を弄るくらいにしか使わない指先さえが、順のことばを律儀に待っている。
だって、もう、
…つ、……ぁ、
それともいっかい、なぞってみる?
っ……ひゃあ!
…うっわ。
声を堪える、余裕なんて無かった。
やだ。なに、これ。
だってこれ、自分の指じゃないの。直接触ってないし、明確な意図をもって、敏感なところを狙ったわけでもないのに。
順の声が差し込まれて、掻き回されているような感じ。
やっ、だ……も…じゅん!
いっかいじゃ、足りなかった?
あ……あっ…
ねえ、もっと。
言葉でねだれば、今日の順ならきっとそのまま叶えてくれる。
湿った布地に押し付けられたままの指が、もっと強くなぞればよかったと、もう次の刺激を与えたいと、私の願望と順の気持ちを勝手に混ぜて、トレースして、けれど新しい動きを生み出すことはできないままで。
必死で順に縋る手段は、だってまだ使うわけには。
あ……んっ、……く、…あ……
そんなに押さえても、足りないでしょ?
だ、って…っ
脱げそう?
ん、……は、…ん、ん……
無理に決まってるじゃない!
反射で言ってしまったら本当にできなくなってしまいそうだったから、唇を噛み締めた。
首を横に振っただけでは、そういえば、順には、届かないのだっけ。
なんで届かないの。どうして、こんな、もどかしい刺激しかくれないの。
じゅっ、……もう、や、だぁ……
…うん、いいよ?
めくって、
ちが……っ
これ、も、……や、……
一番欲しいものなんて不可能だってわかってるから、せめて、今できる最善くらいは、望んでもいいでしょう?
目線や態度だけでは、順を促すことはできないのだと、ここまで来てようやく納得した脳が素直に言葉で伝えることをゆるして、いいって言われたのは別のことなのに勝手に変換してゆるく動き出した指先は、やっぱり、思うような刺激はくれなくて。
……どーしたの?
ねが……、
手、…かえ、させて、
……へ?
ばか!
こんなに我慢して順に言われた通りにしたのに、右手だったの、意味があるんだって思ってたのに。
まさか利き手のことなんか考慮にいれてさえなかったとか、そういうことなの?
こみ上げた怒りのままに浴びせる言葉は、けれど強さも説得力もちっともなくて。ただぽろぽろこぼれては、順に届いたかも解らないままに溶けていく。
左手のが、いい?
順がいい…っ
そっか
……いっしょにイケるかな。
呟かれて、どくりと心臓が脈打った。
私のことを囁いて、私を高めるばかりだった順が、目の前に不意に現れて抱きしめられた錯覚。
錯覚だと、さすがに理解していたけれど、順が、確かに順として私を求めてくれているのがわかったから、もうなんでもいいと、思えてしまった。
そめや、指、変えれる?
ん、……ん、
じゃあまずはケータイ持ち替えて、……そう、上手。
脱いで、じゃなくて、丁寧に指示をくれる順に、従っていればいいのは楽だった。
暴力的な熱のわだかまりにあぶられ続けていて、もう、恥ずかしいと思う余裕もなかったというのは確かだし、私のことを思ってかけられることばがたくさんもらえる嬉しささえが、快楽の切れ端になってしまっていたというのもあるけれど。
足の力ゆるめて、…だいじょーぶ、すぐにあげるから、……ね?
…っ、く……ふ……
染谷、
…ん、…じゅ……
やさしい声が、私を蕩かして行く。
ちょくせつ、なぞって、
あ、あ……っ、…ぁっ、……ぃ、
ん、いいよ、
もう、終わりが近くて。
熱く蕩けている、入り口に触れるだけでびりびりと快楽が突き抜けて、その先に進むことなんか、とても、できそうになくて。
それなのにぐちゃぐちゃと、ずいぶんとはげしい音がする。花芯を引っ掛けるたびに、ばちんと、爆ぜる快感は息を詰まらせるくらいで、でも、止められない。
やだ、って、うわ言のように漏らし続けてるのに、順はいちいち、ことばを返してくれて。
そのひとつひとつに反応する指に翻弄される。爪が立って、弾かれて、引っ掻かれて。いつものように思い切り身を捩れず、首も振れないからこそ、びくびくと跳ね続ける腰、だらしなく漏れる喘ぎ。
そめや、と、呼ばれるのに合わせて引き上げたストロークが、たぶん、最後に、ようやく限界を越してくれたものだった。
ありがと、
……おやすみ、
――愛してる。
自分ひとりでするのとは比べ物にならない爆ぜ方をした余韻に、順のいない寂しさを抱えながらひたっていたときに。
ふ、と、これまでより二段階くらい小さなトーンで囁かれて。
そして呆気なく電話が切れた。
……え?
じゅん?
呼んでも勿論、彼女の声は返って来ない。
息は荒いままなのに呼吸が止まったような感覚がして、全身にかいていた汗が一瞬で吹き飛んだ。
え、なに、それ。ここで、放り出すの? 私の承諾も得ずに?
……信じられない!
がばりと起きた拍子に視界が歪んだのをなんとかやり過ごし、さっき落とした、ずっと握りしめっぱなしだった携帯を手に取ればまだ気持ち悪いくらいに熱をもっていて、そして「充電してください」の表示。
もちろんそんなもののせいではないことくらい、通話終了後の機械音でわかっていたし、こんなことが順とのコンタクトを途切れさせてしまう障害になどなるはずが無かった。
――信じられない。
もう一度呟いたときには、もうとっくに今日になっている予定も今の時間も頭からはきれいに飛んでいた。
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タイトルはふたりへのお題ったーよりお借りしました。
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