もーちょっと、育ってないと、イヤ?

……そんなことはない。


一体、何を、言ってるんだ。
わたしも、こいつも。





みっつ数えたら、目をあけて




じゃ、じゃあ、

だから、


意気込んだ様子のクロを、語気を強めることで押しとどめる。
いつものようには押しやれない。脈打ってるようにさえおもえるこの手で、今、触ることなんてできない。


あんたが、高校のうちはやらない。


嫌か、否かじゃない。
もっと単純な話。
ゲームやビデオのレーティングを、一方的に無視するのとは訳が違う。
そう言い聞かせているのは、半分は自分にで、半分以上、自分のため。
こいつとの未来を潰したくない、わたしのため。


…やだ。

は?

やだって、いった!!


こんなに身を乗り出しているのに、けして触れ合わないぎりぎりのライン。
透明の膜がくっきりと、ふたりの齢の差を可視化させる。


クロ、

あやな、いまのあたしがイヤなわけじゃないんだね!?

…ああ、

あたしも、いまのあやながイヤなんだじゃないの!!

それがどうした。

だから、…やだ。こんなの、


ぎゅうと掴まれる袖口。
ついにわずか触れた、いや直接的にはまだ触れていない、そんなことが救いになど、赦しになどなるはずがない布地のひきつれと、重み。
いつもならもっと無遠慮に、ところ構わず抱きついてくるくせに。
いつもよりずっと控えめで臆病な接触は、ちいさな指先がかすかに震えていたりさえ、していて。
必死でまっすぐなクロの瞳は床に落ちている、それなのにその切実さがこんなにも伝わってくる、非日常が私の周囲80センチでぽっかりと大きな穴をあけている。


クロ、

やだぁ、……あやなぁ、


ずっ、と、聞きなれた音がしたと思ったら、後は、すぐだった。
いつも鼻を垂らしたり唾液をこぼしたりしている、稚(いとけな)さは今までイヤというほど見てきたのに、それでもけして見飽きたりなんてしない、いつだって全力の表情は、今、いっぱいの涙とかなしみとそれから覚悟で、できていて。
泣けばいいと思っているところがこどもなのだと、そんなこと、口が割けても言えるはずがなかった。
だって、肯定しかしらないこいつが、わたしに、イヤだと、言った。



…だ、だいたいっ、あやなよりおとなだしっ

……は?

あやなとゆかりがしてたときより、もう、…だって、……なのに、


びっくりして動いた反動で、クロの手が私のシャツからはなれた。
あ……と、とっさに手を伸ばしたのは、けして、そういうつもりではなかったのに。
囲うようになってしまった小さな身体、震えているのをみるだけで、罪悪感がこんなにもわきあがるのに。
同じくらい、いや、それ以上の背徳感と高揚が背筋を掻き撫でうなじの後ろをがんがんと殴る。
逃げ続けることが年長者のつとめだと、思っていやしないのにそうするしかできない卑怯な、わたしを。







あの頃は毎日が輝いていた。
そう思うことすら必要なかった。
振り向かなくてもゆかりはいつも一緒にいてくれたし、振り向けば笑いかけてくれたし、ときにわたしの背中をとんと叩いて、わたしより前に出て剣を振るう姿は、すごく、かっこよかった。

押し倒したのはずっと昔。
あの頃はばかみたいに、毎日、何度も、
本当、ばかみたいだったと、今でも思う。
きっといつまで経っても思うだろう。いやな顔をすることはあっても、ゆかりの都合では、だめとはけして言わなかった彼女のことは、思い出すだけで胸が痛いのに、いざ思い出すのはなぜか、表情でも声でもなく、あのときの感触ばかりが、ただ――生々しい。

ぬるりと汗が滑る。てのひらの感触が気持ち悪くて、無意識にひらいた両の手は、あの頃よりいくぶん大きくなって、取りこぼしたものと捕まえ直したものを乗せるたびに少しずつ、自重を覚えた。


……クロ、

…、ぇ?


クロの頭越しに見つめた手に、力をこめて。
あまいにおいをしたこどもを抱き寄せるのは、ぜんぶ、まるごと、わたしのためなのに。
なんで、見えもしないのに、そんなに嬉しそうに笑うんだ。
……あと、これみよがしにひとのシャツで涙や鼻水を拭うんじゃない。
ひとがせっかくほだされかかってるっていうのに、萎えるだろうが。






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黒鉄誕2014。
タイトルはふたりへのお題ったーよりお借りしました。












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