波の狭間






そもそもは最初に位置どったところが悪かった。
私が、壁側だったら。あるいは先輩の腕を振り切って湯船に浸かるか、脱衣所に逃げ込んでしまえていれば。
こんなに苦労して、今にも脱力しきってしまいそうな下肢を必死で奮い立たせながら、一度目にしては随分と激しめの刺激を受け続けることはなかったのに。
少し前から、反復的な圧力がかかるだけ、なのに一度出てしまった声はひっきりなしに溢れ出ては先輩を喜ばせて、満足させてしまって。
その証の吐息が首筋を時折掠めるだけでびくんと震えてしまう私は、大元の刺激から逃げたところでより不利な体勢に誘導されるだけだと、既に実演してしまった身体と嫌なくらいに直結した本能を根本から揺さぶられ、振り回される。
見ようによっては先輩を閉じ込めているかのようについた手は、けれど縋るには心もとない濡れたタイル張りからとうとう滑って、離れて、
……ああ、もう、立っていられない。


「せんぱ、…すみま、せ、……っ、ぅ、」


がくがくと、いつの間にか震えていた膝がついに崩折れるときに新たな支えを求めた手は、目測を誤って空を切った。
反射で掴み直そうとしたその軌道は、先輩の顔から首にかけてをちょうど通りそうで、今のこの状況では、うっかりすると先輩を傷つけてしまいそうで――
しぼり取った精神力でもってその手を引っ込めて、ぐしゃり。
床に落ちた自分からは随分と格好悪い音がした。


「…っ……」


したたかに打ち付けた、割には痛くない、気がする。
湯気より熱湯よりずっと直截的に、浮かされたこの熱から冷めてしまったら、案外ひどい怪我をみつけてしまったり、するのかもしれないけれど。
シャワーの水流も止められて久しい、タイルの床面はひんやりとしていて、気持ちよかった。
そして先輩の指がはなれた花芯は、その温度さえも刺激のひとつとして、受け止めてはひくひくと震えていた。
他に、なにもないから、そこの感覚ばかりが鮮明で、足も臀部もやっぱり大した痛みはなく、立ち上がり直す気力はないけれど先輩の方を見上げる勇気もない。
ゆらり、腰が動き出そうとするのを必死で押しとどめる中で、先輩の視線が痛いくらいに突き刺さるのを感じていた。


「…もう、」

「……すみません。」

「……本当。」


やわらかくもきびしい先輩の声は、とても、すき、だけれど。
すきなひと、が、しゃがみこんで私と目線を合わせようとしたのに、思わずぎゅっと目をつぶってしまった私は。
そんな先輩に、先輩のこういう正しさに。向き合うのが怖くて、自分の非を、ただ。


「そういうときは、ちゃんとつかまりなさい」

「…だっ」


だって。
そう、反論してしまうことが、すでに恥の上塗りなのに。
それでもせずにはいられなかった、みっともない私の唇は途中で塞がれて、すぐに前歯と一緒に舐められて、うながすいつもの仕草にそのまま開いた、口内はあっという間に先輩でいっぱいになる。
準備をしていなかったから呼吸のタイミングがいつものようには作り出せず、噎せかけるのをこらえて、なんとかリズムを掴もうともがいている間に、もう今日で何度目かの蹂躙を受ける。
歯の裏から口蓋まで、丁寧になぞっては舌を深く吸い上げて、それだけなのに、


「……!!」


空いていた右手が描いた模様、ただの愛撫と呼ぶには嫌な覚えがありすぎるその宣告に、思わず目を見開いた。
先輩は目を閉じていて、キスのさなかに、こういう形ではあまり見ることのないその姿は、少しだけ新鮮だったけれど。
そんな感情をあっけなく追いやる、指先は片手間のくせに迷いなく胸にたどり着いて、弱い方の、弱いところを、的確に弄ってはこの後の抵抗を奪おうとしていて。
こういう手管にハマるのは癪だと心から思うのに、同じくらいに、もう、先程までのような理不尽な我慢は嫌だと喚いているのも、先輩が欲しくてたまらないと渇望しているのも同じ心なのだから。つくづく、どうしようもない。
求めた快楽を受け止めるには、その快楽を散らさなければいけないという矛盾は、もう、沢山だと主張する声が勝って、選択したのは結局、ただ、先輩の無体を待ち受けることで。
長い長い口付けが終わって、あがりきった息を整えている間に先輩の指が、予想と違わぬ本数で充足を求めてやまなかったところに乱暴に押し入られた。


「っ――!!」


のけぞった肢体、を、器用に抱え込んだ先輩の上に、浮遊感の後ですとりと落とされる。
つまり支えの片側は、無理な挿入をされたばかりのそこであって、自重から何から、ぴんと伸ばされて内壁に押し当てられた爪の先まで、によって走り抜けた衝撃は嬌声で散らすことすらできずに。
快楽と呼んでいいのかさえわからないまま、わなないて仰け反った私を先輩は手放すことなく、しっかりと、捕まえていて。
覚悟したはずの圧迫感と鈍痛が突き抜ける。あつくてたまらない理由が、喘ぐ源(みなもと)が、先輩に縋って先を強請る口実が、またひとつ増える。
このまま、ください、と。今日は珍しくも、言うことなしに最後までいけそうだと、そんなことに安堵してしまう時点で何かがおかしいのだと。訴えてくる理性の切れ端を封印して、私はただ先輩に向かって手を伸ばした。
固くないし滑りにくくもない、何よりいつもの安心感がもらえる背中の感触に息をついて、額から頬までをすり寄せた肩口がいつもより冷えていたから、あたためようと、もう一度、こすりつけて。
我慢しなくていい快楽に飲まれようと、はやくきもちいいだけの状態をくださいと、不規則な熱い息の狭間に、先輩の左肩に。
触れるだけのキスを落とせば、返ってくるのは。勿論。











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「上条宅でふたりっきりのお泊り会」がテーマだったはずなのにおかしいな。
もう少しテーマに基づいた二回戦はまたいつか。……いつか。










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