いつかのはなし








動きやすい格好で来てください

どこ行くんですか?

それは当日のお楽しみです

えー!?

楽しみにしていてくださいね

……はあい











「……なんて言われたらスポーツな何かだと思うじゃないですか!?」

「あら、そうですか?」


目の前にそびえる、口元に手を当てたいつもの笑み。背後が黒ベタで染まってる奴。
つまりしー様は確信犯だってことで、それが私にばれてもしー様はちっとも困らないってことでもある。
素直に引っかかったのは悔しいけど、どっちかっていうとびっくりの方が大きい。
いつも便乗とか追い打ちばっかりで、実は自分からの悪ふざけをほとんどしないしー様だから。
でも、しー様。私、それよりもがっかり、の方が。もっと大きかったんですよ?


「こういうデートだって知ってたら、もっとお洒落な格好してきたのに……!」

「それだと脱ぎ着が大変でしょう」

「だから! 服買うんだって、知ってれば!
 それなりの格好してきましたよ! 教えてくださいよ…!」

「それではやよいを驚かせられないじゃないですか」

「驚かせてくれなくていいですよう…」


何を言ってもかわされる、流される。
年の差っていうよりは人生経験の差、の壁は大きすぎて。
15歳どころか13歳のしー様にも、今の自分が敵う気はちーっともしない。17歳になった自分はちょっとでもしー様に近づけてたらいいなあ、と思うけど、「ぜんと」は「たなん」すぎてたまにげんなりする。
しー様が好きなことと、しー様に好かれてること、の自信が無かったらたぶんもっとへこんでるんだろうなあ…。
うん、両思いになれてよかった。オフの日のショッピングをデートと胸張って言えて、しー様を独占できる身分で本当によかった。


「さて、それでは。
 やよいの服を買いにいきましょうか」

「へ? 私だけですか?」

「まずは、です。
 だってその格好では、あんまりでしょう?」

「…しー様の意地悪!」


うー、とにらんでみてもどこ吹く風。
心から楽しそうなのが、私と一緒だからと思うと嬉しいけど。私がしー様の計略にはまったからだと考えると素直に喜べない。


「行きますよ、やよい」

「もー!」


ぎゅっとしー様の右腕にしがみつく。ジャージのちびと密着モード、同性で年下でこんな格好で、誰からもそうは見られないけどしー様と私だけは知ってる事実。
静かに動揺して、それを押し隠そうとするのも伝わる距離。やです、離してあげません。
しー様だってちょっとは困ればいいんですよ。











残念なことに、しー様が恥ずかしさに根をあげるより前に自分の困った事態に気がついてしまいました。


「……しー様、私そんなにお金持ってないですよ?」

「それくらい、買って差し上げますよ」

「えー!?
 や、そんな、いいですよっ
 しー様に借りなんか作れませんっ」

「…ソラみたいなこと言わないでください。
 いいじゃないですか、恋人なんですから」

「うえっ!?」


びっくりしすぎて、カーディガン越しに抱きついてた手の力が抜けた。
だってしー様、そういうの、こういうところで、
あわててきょろきょろと辺りを見回す。端からは仲の良い姉妹にしか見えないだろうし、みんなまわりのことなんかそんなに気にしてない、のはわかってるけど。
しー様、綺麗だから老若男女問わずしょっちゅう振り返られるし。どんな目線にも全然気にしないしー様、普段はかっこいいけど今はほんのり頬が赤い。
私くらい近くないとわかんないくらいの違いだけど。そんなしー様を、誰も見つめてはないみたいだからさっきのしー様の発言も他のひとのところまでは届かなかった、みたい。

ほ、と息を吐いた私の手を取って、しー様が歩き出す。
引っ張られるようについていく途中で、繋がった手の指をしー様が絡めてくる。
え、もしかしなくても、これ、恋人繋ぎ、


「かんなとお揃いも可愛いですが」


“私と一緒はお嫌ですか?”
きゅ、と指先に力をこめて、前を見たままでしー様、
そんな可愛いこと言われたら、腰が抜けちゃいそうになるのでやめてください。
ごめんなさい嘘です、すごく嬉しいです。











「……なんです?」

「……しー様、フードコート、似合わないですね……」

「そうですか」


紙コップに刺さったストローを啜るしー様、いつものように優雅だから、すっごく浮いてる。
時折投げられる視線も、いつもみたいにエロいのとか羨んだり妬んだりしてるのばっかじゃなくて、好奇、冷やかしも混じってる気がする。
しー様はやっぱり全然気にしてないけど。あ、私のトレイからポテト一本つままれた。
……フォーク使ってる訳でもないのに、ほんと、美しいとしか言えない食べ方。

ぶらぶらと動かした足先は焦げ茶のショートブーツ。しー様、今日はヒールじゃなくて、その気遣いが嬉しかったけどちょっとだけ胸が痛んで、じゃあやよいが足高くなるの履きます!っていったらため息とでこぴんが降ってきた。


「背伸びしなくて結構です」

「えー」


だって、背伸びしたいですよ、しー様。
しー様に似合うように。見合うとまではいかなくても、不格好でも、ちょっとでも近づけるように。
足元に気をやってる私に気がついたしー様が小さく笑う。


「やよいは、私がやよいのような格好をしたら、嬉しいですか?」

「……それ、コスプレですよねー…」

「言いますね。
 貴方も同じだという自覚、お持ちですか?」

「……はあい」


わかってたけど、わかってたけど!


「あ、でもしー様のコスプレ、また見たいです。
 他の人には見せたくないですけど」

「…ばかなことを言うのはこの口ですか」


うわあ、最後のポテト、死角から突っ込まれた。
なんで真正面に座ってて死角が取れるのか。それはしー様だからとしか答えられない。かんなと団長たちと昔研究したけど、団長とソラちゃんはともかくブンブンにくーみんの頭脳を持ってしても解明できなかったから諦めた。
指先、咄嗟に舐める前に逃げられた。ちぇ。


「今からケーキを食べに行くのでしょう?」

「ふえ?
 はい、そうですね、」


しー様お勧めの喫茶店。甘いものが美味しいって確信を持ってるってことは、ごっちんと行ったのかな、なんて思ってる。でもどんなところかはわかんない方が楽しそうだからまだ聞いてない。
ポテトもアイスも食べちゃったけど。大丈夫です、ちゃんと入りますし、味わえますよ?


「ここで一緒に休憩もしましたね」

「? はい、楽しかったですよ?」

「私もです。
 それはともかく」


疑問符ばかりを浮かべてる私にしー様、ちょっとだけ近づいて。
死角からじゃなかったけど、こんなところで身を乗り出してくるとは思ってなかったし、やっぱりびっくりした私の耳元で。


「こういう歩み寄り方は、お嫌いですか?」


意味がわかるまでにちょっと時間がかかったのは、ふいうちのしあわせが大きすぎたからです。
…そんなわけ、ないじゃないですか。

ぶんぶんと首を振ると、安心したような息が吐かれたのにまたびっくりして。
今日のしー様、可愛すぎて怖い。
攻撃的にも思えるくらいなのは、隣にいるのが私だからって、うぬぼれてもいい、のかなあ。
喫茶店ついたら聞いてみよう。お揃いのロゴの紙袋をそれぞれ持ち上げて、だから手は繋げなかったことにして、でもすぐ近く、恋人の距離で並ぶ。やよいが可愛いって言ったらうつむいたしー様、でも結局その服を買っちゃったしー様。暖色系だけど落ち着いた赤だし、すごく似合ってた。


「今度は今日買った服で一緒にデートしませんか。しー様」

「もちろん、そのつもりですが?」


そんなこと言われたら、トレイを返した手が空いたからってことにしてもっかい繋いじゃいますよ?
だって。どうせ恥ずかしいなら、幸せな方がいいじゃないですか。

















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