1112




「しー様、ポッキーゲームしましょう!」

「いやです」


お約束の流れだから、もちろんめげたりなんかしない。
むしろktkr!って感じ? とーちゃんの受け売りだけど。
すらんぐは感心しませんってしー様に言われたから、口には出さずにしー様に赤い箱をえいっと出す。
(かんなとはしゃいでるときはともかく、と「りゅうほ」された。
 つまりふたりっきりのときはきれいなことばでいて欲しいってことで、しー様のそういう自己主張って珍しいからすっごく嬉しくて、えーと、だから、らぶらぶなのです。)


「そもそも、それは昨日の行事でしょう」

「そーでーす!
 ちゃんと昨日筑紫荘でみんなとやりました!」

「……そうですか」

「しー様来れなかったのは残念ですけど……あ、
 えへへ、ちゅーはだれともしてませんよっ」

「どうだか」

「かんなとの奴はノーカンでいいですか?」

「だめと言ったらどうするんですか?」

「えーと、謝ります。
 それでしー様にどうしたらゆるして貰えるかお聞きします」

「……まあ、かんな相手に目くじらを立てるつもりはありませんが」

「わーい、ありがとうございまーす!」


ヤキモチ焼いて欲しかったなー、とか、ちょびっとだけ思わなくもないけど。
しー様を悲しませたくもないし、かんなとふざけて遊ぶのが制限されちゃうのはできたらもう少し先延ばしにしたいってのも確かな事実。
わがままなのはわかってるから、これについてはしー様の優しさに甘えるだけにして。


「…というわけでっ、
 まだやよい的にはポッキーの日は終わってないんですよ」

「かんなとふたりで解消してきたら如何ですか」

「かんなとは昨日もうやりましたー
 やよい、かんなとしかやってませんしっ」


まっすぐに私を見てたはずの目が、ふらりと揺れたからいける、と心の中でちょっと早めのガッツポーズをする。
楽しめるものは楽しまなくっちゃ損じゃないですか!


「じゃーん!」

「……やりませんよ」

「しー様とやりたいから、ちゃんとプリッツにしておきました!」

「そういう問題ではありません」

「えー、じゃあ何がいやなんですか?」


あーあ、最後の手段、結局使っちゃった。
困ってるしー様見ると、嬉しいよりも焦る気持ちの方がずっと大きいから、だからどきどきしながら様子を伺う。
両思いだって信じてるけど、どこまでなら許されるのか、とか、わかんないし。
本気で嫌だから駄目っていってくれるなら諦めるけど、こんなことのせいでお別れとか絶対ヤダし!
嬉しいばっかりの一週間が過ぎたあとは、心配とか不安とかもいっぱいわいてくるようになって。
でも好きって伝えたいから、一緒にいたいし一緒にやりたいこといっぱいあるから、いつもみたいにはしゃいでるだけですって顔して、わがままでお伺いするの。


「……学校でそういう戯れをする気はもう二度とありません」

「え」


説得してる最中に潰しちゃわないよう、そーっと持ってたのが仇になったのか。
すこーんと落っこちたプリッツの箱、草の上ではねちゃって、サラダ味よりローストの方が見た目ポッキーっぽいからって選んだせいかひしゃげ方がすごく目立って、あああそんなのしー様に食べさせられないからまた買いにいかなきゃ、って、そうじゃなくて、


「……今日ってしー様お暇ですか?」

「午後の練習の後、ミーティングが入らない限りは暇ですね」


土井っちやロッキーたちに泣き落とししてでも入れさせませんよ、そんなの。






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なによりもあまい(after 1112)




しー様のお家、しー様の秘密(たぶん)。いつかは行きたいと思ってたけど、こんな形で叶うなんて思ってなかった。
いつもみたいに思ったと同時に行きたいです!と勢いよく主張できなかったのは、まだ心のじゅんびってやつができてなかったせい、なのに。こっちの都合なんてお構いなしにチャンスは降ってきて、落ちてきたら拾わないとすぐに溶けて消えちゃうぞって指を指された。
かんながいない分の「ゆーえつかん」と不安を一緒に抱えながら、おっかなびっくり足を踏み入れて。ぺたぺたと廊下を歩く自分の足音に縮こまって、通された部屋、多分しー様の部屋(!)、そうっと周りを見回してたらため息をつかれた。


「そんなに緊張しないでください」

「だって、しー様の家ですよ!?」

「これから慣れますよ」

「…へっ?」


え、それって。しー様はあっさりと未来の私を横に置いてすまし顔で。
あわあわしてる私を見て、じっと見つめて、でも何も言ってくれない。
びしっと固まって動けない私、ぜんぜん私らしくない私、さんざん見られた後で最後にはくすりと笑われた。

そ、と落とされた唇はおでこの辺り。
すっと近づかれて、そのままさっと離れていくから、思わずしがみついたのはいつもの反射。
それをため息で受け止めるしー様もいつもの反応。


「はい、やよい」


口の端だけあげた笑顔はちょっと意地悪で、ぞくっとする色気があって。
こういう「大人」な部分、恋人の時間にはしー様はわざと隠してることが多い(と思う)から、余計に当てられてくらくらした。
やよいに合わせてくれてると思うと嬉しいけど、しー様の魅力、やよいなんかとは比べ物にならないことを知ってるから、その壁と気遣いが苦しいこともあるのは内緒。
しー様にはどうせばれちゃってるかもしれないけど。
やよいからは絶対言わないから、内緒のままなの。


「ポッキーはどうしたんですか?」


耳元に落っこちてくる言葉は甘いを通り越して息が詰まる。
全身が心臓にでもなったかのように脈うってる中、必死で近づいて、ちゅー、したのに。
端っこがあがったままの口元から溢れ出る囁きには、楽しそうな気配もふわりと混じってた。
…そりゃしー様の方が大人な分、余裕あるかもしれませんけど! 笑うことないじゃないですか!


「そんなまどろっこしいの、やです」


後でちゃんと自分で食べます。しー様にもあげます。だから、今はしー様だけがいいです。
こういうわがままなら、しー様、受け入れてくれます、よね?

ばさりと倒されたしー様の、作り笑顔が掻き消えてびっくりした表情になるのがスローモーションで見えた。それから頭打ったのか眉を顰めて、こっちがびっくりして目を見開いちゃって至近距離のきれいな顔がぼやけた。
ハロウィンのあのときみたいで、びくりと竦んだ私についたため息は、仕方ないなあ、ってみんなが笑ってくれるときのものにすごくよく似てて。
でもそれよりもっと甘い何かが溶けてた。
精一杯押し出した手をあっさり押し戻され、起き上がるしー様にぎゅっとしがみついてしまった理由は、色々ありすぎてうまく説明できない。


「……山東家は何時が門限ですか」

「え?
 えっと、ケータイで連絡しておけば、大丈夫ですよ?」

「大体の時間を示しておかないと親御さん、心配なさるでしょう」

「筑紫荘で遊んでたり部活が長引いたりしたら遅くなるの、しょっちゅうですし」

「ここは筑紫荘ではありませんし、今日の練習はとっくに終わりましたが」

「……何が言いたいんですか、しー様」

「だから、やよいのタイムリミットを聞いているのですが」


今からお茶菓子で歓談してそのまま帰りたいなら、止めませんが。
「かんだん」ってなんですか? って聞いたらしー様を怒らせる気がすごくしたから、顔に出さないようにこっそり必死になりながら考える。
結論、考えてもわかんない。聞くのは一瞬だけの恥って授業で習ったし、やよい、どうせならやって後悔がしんじょーです。


「えーと、しー様は、何がしたいんですか?」


「かんだん」じゃなくて。
とは口にしなかったのに、ものすっごく怖い沈黙が落ちたあとで、今度は全然甘くないため息をつかれた。


「…やよいは、何がしたいんですか?」


えっと、しー様と恋人の距離で、過ごしたいです。
それでもし出来たら、しー様がいいっていうとこまでいちゃいちゃしたいです。


「……少なくとも、床でいちゃつく趣味は私にはありませんが」

「あ……、
 …しー様、ごめんなさい」


半分くらい胸に顔が埋まってるとかいう、流石に近すぎるような気もする距離から謝った私をぐいっと引き離した手は、ため息の代わりに伸ばされたんだと思う。
しー様のため息の半分くらいは優しさだから、幸せが逃げるようなものじゃないけど。でも行動で示されるってすっごく嬉しいから、笑ったらふにゃりと崩れた頬を今度はぐいと引き伸ばされた。


「締まりのない顔ですこと」

「えへへ」


しー様のベッドは、しー様の匂いがした。
かんだんの意味は、家に帰ってから調べようと思って結局忘れて国語の時間の暇つぶしになった。
そっちはみんながいるときでいいです。今度聞かれたら一発でやよいのやりたいこと言いますから、それで前よりはしー様のお家にも慣れると思いますから、次の口実は出来たらしー様が作ってください。







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