「誕生日おめでとう」
そんな言葉と共に、花束を貰った。
恋という呪縛と魔法
にこっちのことだから、事前に何かしら聞かれるのだと思っていた。
彼女は、そういうことに関しては、ストレートに伝えるのを信条とするタチだ。どっきりも嫌いではないだろうけれど、せっかくの記念日に盛大に外すよりは王道を選ぶし、欲しくも無いものを押し付けるよりは前もって希望を聞いてやろうと考える。弟妹に対してはとびきり素敵な魔法使いでサンタクロースなのかもしれへんけど、仲間には、……そして恋人には、まどろっこしい手段は取らない性格なんだと、そう、勝手に考えていた。
うちの誕生日が近くなって、コイビトのいる中での誕生日なんて生まれて始めてだったから柄にもなくそわそわしてしまって、だけれどぐんぐんと塗りつぶされていくカウントダウンに、ああもしかしたらにこっち覚えてないんかなあと思い出して。
最近路上アイドルの方も忙しいみたいやし。今期は去年落とした必修が3つくらいあったはずやし。言い訳をひとつずつ積み重ねて、それは次第に思い込みになっていった。
6月9日。長い長い春休みも(音の木坂を無事に卒業した穂乃果ちゃんたちの卒業旅行にあわせてどっきり企画をにこっちとえりちとで敢行した、)ゴールデンウィークも(あんまりカレンダーに恵まれなかったからにこっちとふたりで大阪で一泊した。夜景綺麗やったなあ)とっくに過ぎ去って、祝日も無い毎日雨だ台風だと呪詛を吐かれるような時期。毎週の講義に出てくる顔ももう固まってるしにこっちのバイト先の新人くんもお客様を怒らせることはそろそろなくなったらしい。慣れと膿みが広がる季節。
……そんなん、学生じゃなくて生徒や児童やった頃からいややなあって思ってたもん。にこっちがうっかり忘れたりしても仕方ないよなあ、なんて。
言い聞かせながらついたため息をとうとう大学の友人に指摘されてしまった。それが三日前。
「なによその顔」
「や、…だ、……だって、」
「やだった?」
「ちがう!」
「似合うわよ」
「あ、ありがと……やなくて!」
「ん?」
……にこっち、覚えとったん?
うずまってしまうまでは嵩の無い、それでもこうやってぽんと渡されるにはあまりに立派な花束を、ごまかしに使いながらそっと聞けば。
左から右へ、軽く首を傾げ直したにこっちは呆れたように笑う。
「あんたの好み? トーゼンでしょ」
「ちが!」
「はぁ?」
「う、…うちの、……きょう、」
「のぞみ?」
「……たんじょうび、」
「……は?」
瞬時に低くなったトーン、爛々と輝き出す瞳、ああやっぱり彼女はひどく真っ直ぐだ。
ストレートに伝えられる感情は、どう表現しても怒ってるし苛立ってる。すうと大きく息を吸って、ほら来た、
「あんたねえ!!」
きゅうっと握りしめてしまった花束は、潰れてしまいはしなかったろうか。
ごめんということも出来ずにかたまったうちを、見つめる視線は次第に和らいで、バツが悪そう……というよりは呆れたものへと形を変えていく。
「まあいいわ。」
恐る恐る上げた目線の先には、いつも通り、傲岸不遜に笑う彼女が。
「それ、にこの恋人にあげたわけじゃないから」
「えっ……」
なんやそれ、うち今から捨てられるん?
せっかくの誕生日なのに。ついでに記念すべき20歳なんに……ってのは正直にこっちと恋人として初めての云々というので完全に消し飛んどったんやけど、あれ、でも、どうせ今からそうじゃなくなるんやっけ? なんで、どうして、うち何かしたん、……あ、4日前からなんも連絡せんかったのが悪かったん……? でもにこっちしばらく忙しくなるって先週ゆうとったし、そういうときにあんまり変な写メとか送って来んなって怒られとるし、えええ、だって、でも、
「……そんな顔しないでよ」
「でも、だって、」
「それはμ’sの希にあげたの」
「……うえっ?」
「あんた、代表として花束もらったことなかったでしょ」
「……そうやっけ、」
嘘、ホントは覚えとる。
欲しくなかったわけじゃないけど、ほかの子がもらって満面の笑みで喜んどる姿を見とるのが幸せやったのもホントだから。
μ’s、なんて。音として耳に入れるのすら久しぶりだった。自分で思い返すことも同じくらい久しぶりの懐かしさがうちの胸元、かっかと熱くして顔まで火照らせる。
にこっちのせいや。
「うん、その顔の方がいいわ」
「……どんな顔なん」
「聞きたい?」
「いやや。」
「じゃぁ聞くな」
「……はい。」
うんと近づかれてしまったから、今度こそこの祝福の彩りでは彼女から隠れることなんてできない。
うちが欲しかったものをぽんと間違わずに差し出すにこっち、その最新のものは本人の今の笑顔。
アイドルとしてのうちにといいながら、アイドルとしてからは少しだけはみ出した、まるでおねえちゃんみたいな優しさなのにそれよりはだいぶ嬉しそうな色が溶けている、こうやって間近で見るには危険すぎて殺されてしまうかもしれないとまで思わされる。
「にこの恋人には、別のプレゼントがあります」
「……へ、」
「今度の日曜、空けときなさいよ」
「え、うん……、
……あ、ごめんバイト、」
「空けなさい」
「……はい。」
変わってもらえるかなあ、まあたぶん大丈夫かなあ。
わがままいうんのはじめてやから、……逆に心配とかさせてしまうかもなあ。でも本当のこと言ってしまうわけにもいかんしなあ。どーしよ。
「そ。
あんたはそうやって悩んでるくらいでちょうどいいわ」
「にこっち、強引や」
「嫌いじゃないでしょ」
「うん。……すき、」
「ならばよし」
「でも、心臓もたん」
「ざまあみろ、よ」
「……ふはっ、」
ほんま、かなわんなあ。
泣き笑いになってきてしまったうちの前でひらひらされたのは、某有名な遊園地でテーマパークの入場券。なんならホテルの予約票も翌日の水族館のチケットもあるわよ、見たい? なんて腰に手を当てて笑うから、思わずうなづきそうになったけど、そうやったらたぶんにこっちまた呆れてそれから怒るやろなあ、って思ったからがまん。いつだって自信の無いうちに、まどろっこしいことせずにうちの腕を取ってくれるにこっちには、ただ信じてついていけばいい。今回だって、不安だったのを隠してたから、そんでそれをこじらせたから怒ってくれたんやし。にこっちはいつだってまっすぐで、春休みもゴールデンウィークも一緒に旅行して、6月を呪うこともなくてむしろ祝ってくれて……あれ、でも。
「…にこっち、月曜午前の講義って」
「……一回くらいどうってことないわよ」
「んな、出席率重視ってゆうてたやん。昨年もそれで、」
「あーあーうるさい。問題無いったら!」
それで落っこちたときのうちの気持ちも、お願いだから考えてくれないやろか。
ホテルを今更キャンセルさせるのはかわいそやから、せめて水族館だけでも。日付変えるとか、あるいは午後からにするとか、ああでも朝に千葉を出るんだとにこっちの大学まではどのみち間に合わないのかな、ええと、
「……ちゃんと教授には言ってあるの」
「……恋人とデートしてきますって?」
「違うわよ! でも、とにかく大丈夫なの!!」
ここで真姫ちゃんや海未ちゃんならきっちり最後まで追求するだろうし、えりちなら問答無用で拳骨を落とすだろう。うちだって昔ならわしわしMAX!とか、やったかもしれんけど、最近そういうからかいをするとあとで何十倍にもなってかえってくる(何倍じゃない。誓って何十倍、なのだ)しだいたいどんなスキンシップでも道半ばのうちに余裕の笑顔で反撃されるのが当たり前になってしまった今ではそもそも通用する気がしない。理不尽や。なんでうちばっかり喘がされとるんや。そんで今みたいにごまかされなあかんのや。さっきのうちはぜんぶ白状させられたのに。
「…わかったわよ。
……日曜、ちゃんと来てくれたらネタばらししてあげるから」
「……そんなんしてもらわんくても行くし」
「しなくていいのね」
「……して」
花束、両手で持っとったら差し出されたにこっちの手が握れんって。
それを口実ににこっちと繋がっとらん言い訳にするんやなくて、こうやって右手を空けて指先どうしを絡ませられるのはようやっと。音の木坂もμ’sも卒業して、まるっと一年以上経って、うちの誕生日とかいう特別な記念日になってはじめてだったから。
これ、もらうんが今で良かったなあって本心から思ったうちに、にこっちははんと笑って。
薔薇の影でごまかすこともできないとびきりのキスを、うちにくれた。
扉がうっすら開いとる玄関先でとか、明日からどんな顔でここ通ればいいん、うち。
(そういって愚痴ったら、「日曜日に答え合わせしたげるわ」とにやにや笑ったにこっちも、それはもう魅力的だったけれど、これ以上明々後日が楽しみで怖くなるような真似は、お願いだからしないで欲しい。)
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東條希生誕祭2015。 タイトルはふたりへのお題ったーよりお借りしました。
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