やさしく起こして(真姫とμ's)





等間隔に並んだ白と黒、横に五本、細い線が並んだだけのまっさらな紙、まだ頭に鳴り響いているだけの、青い、息づき。
それらを前にしたとき思うのは、ただ、広大な世界。
何でもできる万能感、多幸感。ぜんぶまるごと、わたしのもの。

満天の空を、視界いっぱいに収めたとき。
分厚く繊細なレンズ越しに、きれいな世界の切れ端を、切り取れたとき。
五線譜に踊る音の連なりが、確とした曲としてあふれ、流れ出すとき。
スポットライトに照らされて最初のひと息を吸い込む瞬間は、その手の儚い永遠に似ている。
溢れ出す、留めておきたい、張りつけてしまいたい瞬き。
どうしようもない、幸福の形。


――ん、


「あ、起きた」「起きたね」「起きたのかな?」「もう少し、寝かせておいてあげようか」
「そうっとしておきなさいよ、あなたたち」「せやなぁ」「真姫ちゃん、頑張ってたもんね」
「だれかさんが台詞入れたいっていうからぁ」「えへへ、」「笑えば良いと思っているんですから、…もう、」


それとは全く違う、とろとろと流れてゆく、しあわせのなみがちかくて、とおい。


「でもでもっ、良い曲になったと思わない!?」「真姫の功績でしょう」
「今からはっ、私たちがもっと良くするの! だから、」「練習する?」「基礎トレ、増やしますか?」
「うっ、それはちょっと、」「……もーちょっとあとでぇ、」「ほら、まきちゃん寝てるし!」
「ひとをダシにしない、」「……はぁい、」


等間隔に並んだはなやかな衣装、横に九人、並んだまっしろな舞台、今から鳴り響く、歌のためのもえるような息遣い。
広大な世界は、全部まるごと、わたしたちのものだから。
今は、もう少しだけ。
一瞬も永遠も存在しないこのやさしさの中で、まどろませて。



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「きらい、だった。」(真姫と絵里)





欲しいひとに、欲しいものが与えられる世の中になればいいのに。

そう?
でもそれって、すごく残酷なことじゃない?

……え?

だって、そのひとが持っていないということは。
望まなかったってことに、なってしまうのでしょう。


正直者が必ず報われる世の中で。
負けてしまった人は、どうなるのかしら?

そっと呟いた、夕陽に溶かされながら、たくさんのさみしさを溶かし込んだささやき声は。
やさしく濡れていたのに、呆気なく。いっそむごたらしいくらい、はさりはさりと溶けていった。
この人の、こういうところが。こういうやさしさが。
きれいすぎるから、苦手で、きらいだ。
(だから、惹かれてしまう。……どうしようもなく。)
(恋じゃないし、愛なんて無かったはずなのに。)
(だって。この人は。)


真姫は、何が欲しかったの?

……別に

そんなことは無いでしょう


こんなところで、私に向かって。
やさしく笑ってしまう、この人が嫌いだ。だいきらい、だ。
私の好きな人を、たくさん独り占めして、そうして優しく笑っている、私の得られない幸せを日常のひとつにしてしまっている、このひとが、私は。
とても羨ましくて、眩しくて。見え透く欠点は決まって見たくない自分の弱みを見せつけて。
そして。いつだって、これでもかと顕になってしまっている、不器用なところに共感してしまうから。


……絵里みたいに、なりたかった

……もっと憧れるべき人は、たくさんいるわよ。


……でも、ありがとう。

そうやってやわらかく笑う、このひとを。私は。
だいきらいだった、はずなのに。






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あの人と代われたらいいのに(海未と絵里と、誰か)




仕方ないでしょう。
(だって。私はあの子が、好きなのだもの。)

仕方ないでしょう?
(だって。あの子は彼女が、好き。なのだもの。)

そういうつぶやきを、あきらめを、何度も何度も繰り返して。
何遍も何片も何篇もばら撒いて。積み上げては崩し、かき集めては散らかして。
そうやって、悲鳴にならないために、嗚咽を堪えるために、積み重ね続けたかなしいことばを。
いくつ生み出したら、あなたはあなたになったのですか。
いくつ取り除けば、あなたはあなたになってくれるのですか。

(私には。私の前では、つぶやいてすら。くれなかったのに。)
(それなのに知ってしまった、ことがかなしい。)
(知っていると、あなたにいえないことが、とても、)





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くぐり抜けるドアは違っても(真姫と絵里)





きれいなものを、てらうことなくきれいだと言えるのは、とてもすごい才能で。
そんな才能を惜しげもなくさらすメンバーが、山のようにいるのが私たち、μ'sというグループで。
そして同じだけ、不器用に、きれいなものをきれいだと言えないひとたちがたくさんいるアイドルグループが、μ'sである。
――私も含めて。


……なんて、てらいもなく言えてしまうのは。
目の前に、私に輪をかけて、それはもう不器用なひとがいてくれるからです。
かわいい。私でさえてらいもなく言えてしまう、この後輩は時に撫で回したくて、いじり倒してやりたくなる。
まぁそれはあの子の特権だし。希に笑われるのも、にこに馬鹿にされるのも、海未に拗ねられるのも勘弁だから。


「真姫」

「……なに?」

「休憩、入れましょうか」

「……珍しいじゃない。」


絵里から、言い出すなんて。本当。

いつもなら、ふたり揃って、意地を張って。
結局、誰かに、助けてもらうばかりだったけれど。


「ふふ、成長したでしょう?」

「なによ、それ」

「目下の目標」

「はぁ?」

「あ、目下、の使い方ってこれで合ってる?」

「うぇっ? 
 あー、まあ、間違ってはないんじゃない?」

「そ。ありがと」

「詳しく知りたかったら希に聞いて」

「そう来るか」

「文系でしょ。」

「そう来たか!」

「さっきから何なのよ!」

「ええ? にこの? 真似?」

「疑問形で言わないでよ……」

「ふふ」


寂しそうだったから、構ってあげて。
きれいなものを素直にそうと言える、まっすぐな子たちのまっすぐな台詞は、時にすごく明け透けなものになってしまう。
思い出して、つい笑ってしまうくらいには微笑ましかった申し出を、脳裏に浮かべていただけだというのに。


「絵里のそういうところが嫌いよ」

「ありがとう」

「なんで喜ぶのよ!」

「嬉しいもの」


ああ、本当に。真姫は、かわいい。
詞も歌も、作り出す力はなく。舞台の真ん中で輝ける人にも、真ん中ではないのに輝いてしまう人にも、なれはしない。
その程度には凡人なのは承知しているから、だから。
それをそう、てらいなく思えるくらいには。まっすぐでありたいと、思う。







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タイトルはふたりへのお題ったーよりお借りしました。
あの人と~は一回やってみたかった楽曲ネタ(Love marginal)。










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