赤い薔薇の咲く世界泳げ(木曾×まるゆ。木曾→大井→北上要素も有)






この人が笑みを消して、憎悪を浮かべているところなど、はじめて見た。
なにより大切だと日々豪語している存在が。自分が守ることすらできない遠いところで沈んだときですら、うっすら、笑みを乗せていたこの、姉が。戦場で浮かべる慈愛のような笑みとも、再び北上姉と邂逅したときの泣き笑いの表情とも。まったく違う、純粋な負に触れ切った真顔。
それを引き出したのは俺で、そのことがひどく悔しいと同時に、ひどく、……暴力的な程に誇らしい。


自分は今、どんな表情(かお)をしているのだろう。









身内が轟沈した報せのような、むごい、ひどすぎる話を知った時。
人はだいたい無表情になるか、――笑うかだ。
わかりやすく激昂したのなど、俺が知る限りでは、……那智が沈んだ時の足柄しかいない。
激情という言葉を体現していた足柄の後ろで、妙高は無表情で、羽黒は泣いていた。
こんなところで、こんな現実を突きつけられて。素直に泣けるのは、むしろ、すごいな。
そう思った俺は、北上姉がオリョール海に沈んだ報せを聞いても笑みなど浮かべられなかったし、もちろん泣けもしなかった。
だから俺の心の壁は、つまらない無表情だ。随分長い間、大井姉によって閉じ込められていた二人目の北上姉が、ようやく日の目を浴びてしばらくして――演習と近海にしか出撃することが無かったのにも関わらず――一人目と同じところで海の藻屑となった時も、俺は無表情だったし、大井姉は能面のような笑顔で、長門に支えられていなければ崩れそうになっていた阿賀野から轟沈報告を聞いていた。
そういえばあの時、伊19は大声で泣いていたし、翔鶴も必死で零れそうな涙をこらえていた。
どちらにもすぐに迎えが来て、――いや、迎えが来たから泣けたのかもしれない。戦場の涙は、ひとりきりで流せるようなものではない。
つまり、そんなクソッタレな代物は、恵まれた奴だけが流せるのだろう。“あなたのような人をもう作らないって、誓ったのに”なんて、俺から言わせればほとほと甘い――なんて言ったら、それを言った翔鶴を手刀で落として入渠ドッグへ引きずっていった加賀の、あの思いを無下にすることになるだろうから、誰にも告げたりなどしないと決めているが。
もちろん、まるゆには、そんな誓いが無くたって告げたりなどしない。
こいつはきっと泣く。そしてたぶん――ひとりでも泣ける強さを持っている。


とにかく、俺が告白したときの大井姉の顔は、これまで見た中で一番怖かった

こ、告白でそんな怖い顔されるんですか……

……まあ、間が悪かったんだ

だめですよぅ。
木曾さん、そーゆーのは、しちゅえーしょんがたいせつなんですよ?

あー、そうだな、わかってる。


だから今度は間違えなかっただろう?
ささやいてやれば赤くなって、とても嬉しそうに頬を擦りつけてくる。
なんでこんなに素直なんだか。とても誇らしい反面、同じくらいに心配になる。
今してもしょうがない心配を追いやるためにキス。あ、木曾さん、何かごまかしましたね? 鋭い指摘はむしろ嬉しくて、口角が緩んだのが自分でもわかった。
あ、そーゆーちゅーは今日はもうおしまいですよ! 慌てたまるゆに、おい、なんでお前が慌てるんだ、と鼻を摘んでやる。むぐ、むぐぐ、と唸った彼女は、結局小さい手を伸ばして俺の頬を思い切り引っ張った。ちょ、っと待て、さすがに痛いぞそれ、
こいつみたいな弾力はない、むしろかさついている左頬をさすっているとその手にまるゆの右手が重ねられる。ごめんなさい。声も顔も甘かったから、こっちこそ悪かったという謝罪は、すんなり喉を滑って、届けることができる。
海の底から掬い上げられた、二人目の那智や北上姉が長い間軟禁されていた部屋は、ついに、全くの新入りが入ることになったらしい。
名前を聞いて納得もしたが、あの豪勢で広いがどこか浮世離れしている和室の謂れを、彼女が知って嫌がったらどうするつもりなのか。部屋替えの申請自体は難しくないだろうが、いよいよあの離れまるごと取り潰されることになるんじゃねえのか。
大井姉が案内役をつとめたと聞いた時点で、嫌な予感はしていたんだ。まだ暫くはどうやら俺が秘書艦らしいのだから、面倒な業務が増えるような真似は、できることならよして欲しい。

あのクソ提督は「本業に支障をきたさず、かつ現実的に可能なことは好きにすればいい」というスタンスだから、泊地内で誰と誰が親しくなろうが険悪になろうが、風紀が乱れようが正されようが知ったことでは無い。という態度を貫き通している。
だからもちろん俺の部屋替え願いもあっさり受理された。今まで世話になった姉ふたりと今後一緒になるまるゆの署名は偽造などしているわけがない。
軽巡寮寄りではなく、潜水艦の区画に隣接した部屋をもらったのは、そっちの方がまるゆにはいいだろうと思ったからだが、まるゆには何故かむやみやたらと心配された。
どうやら俺が寂しくないかと余計な気を回していたらしい。ったく。お前じゃなかったら……いや、やめとこう。



んー、つまり、木曾さんの初恋は大井さんだったってことですか?

……あー、まあ、


エグい部分をできるだけ乗せずに話をした結果、……なんだか、ずいぶん、甘ったるい感傷ばかり語ってしまった気がする。
くっそ。毒づきすら甘い笑顔で受け止めるまるゆは幸せそうだから、まあ、いいってことにしておくが。


えへへ、木曾さんの体温、気持ち良いです

…そうか

海の中より好きかも、なんて、……ん、…、


ことりと重くなったと思ったらすこやかな寝息。
かも、じゃねえだろうが。告げても聞いてくれる奴はいないから、唾と一緒に飲み込んで小さな熱の塊を抱き寄せる。
こいつを喪ったら、自分は、どんな表情をするのだろう。
一生知りたくなど無いから、明後日の南方海域出撃への準備を万全にするために、暖かなまるゆを抱きしめたまま目を閉じた。
海よりも戦場よりも、あのくだらない誇らしさなどよりもずっと、お前のこのぬくさの方が良い。










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XX13.09.03  4-2突破。
       陸奥(60)榛名(20)加賀(37)赤城(37)古鷹(25)那智(35)。
       なお、この戦闘にて那智轟沈。
XX13.10.22  2-3にて、北上(42)轟沈。(出撃部隊:巻雲・瑞鳳・北上・長門・霧島・妙高)
XX13.11.08  2-3にて、北上(37)轟沈。(出撃部隊:阿賀野・長門・千歳・翔鶴・伊19・北上)
XX14.01.29  建造にて、まるゆ着任。秘書艦は木曾。

タイトルは「赤と黒の最終爆撃」(ねじ式)よりお借りしました。











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