鈍びた色の灰細工






メンバーと作戦を聞いた瞬間に、最近ロクなことが無い、と思ってしまったのだから、自分でも少し、疲れていたのかもしれない。

珍しい形での出撃指示があったと思ったら、どうやら長丁場になりそうだという噂が舞い込み、
(皐月がこっそり教えに来た。……その時点でいやな予感はしていた上に、部屋を出る前、睦月にぎゅっと抱きつかれた。
 彼女に抱きしめられのは本当に久しぶりのことで――正直に言ってしまえばちょうど3度目で、これまでの2回を思い返せば、敵を見る前から腹を括らざるを得ないのも、致し方ない、というところだ。)
いざ集合場所に趣いてみれば旗艦の山城さんにはあからさまに無視をされるし、熊野さんは、私をどう扱えばいいのか分かり兼ねているのが丸分かりだった。
(さすがに育ちが良い人たちは違う、と、飛鷹さんや高雄さんに嫌味ったらしく、思ってしまったことを思い出して苦い気持ちになる。
 口に出さなければ無罪だが――塀の内側であってもあの憲法はそれなりに機能しているからにして――ああいう風には生きないと決めたのは自分であるのに、罪悪感を煽らされる存在というのは、どうにも、苦手だ。何かでよろっておかなければいられないような心地にさせられる。)
残るひとり、駆逐仲間の不知火はなんとまあ、好きの反対ですらない無関心をもって私に接してきた。
しかしこちらも特に話す用事があるわけでも無いのであの日は無言のまま支度をした。準備運動というか、身につけた装備をならすための細々とした作業は、武器庫からも出撃する桟橋からも遠く離れた、けれどぎりぎり同じ埠頭に存在する小さな砂浜で行われるのが慣習となっている。どこぞの鎮守府では出撃前夜はひと艦隊まるごと、同じ部屋で寝かせられるところから始まるなどという恐ろしい話も聞くが、緊急の出撃などほとんど無いに等しいうちの泊地でそれが採用されていないところを見ると、あまりたいした効果は無いのだろう。そこから先を考えるのは私の仕事では無いし。

ぐるぐるぐる。無駄な考え事をしながらでも身体は動く。返答を求められるような会話など一切交わさないまま、4人で作れる陣形を全て作り、最後に一度空砲を鳴らして、旗艦のそれが煙としてすら消えたら、それでおしまい。出撃まではあとほんの少しだ。
いつもより余分に水を被った足が冷たかった。







そもそも、私の代わりに五十鈴さんを入れれば、万事がうまくいくのに。
誰も口にはしないけれど、(陰では親しい人に言っているのかもしれないが、あいにく、そういうものが回ってくるような情報網など全くもっていない、)たぶん誰もが思っている。
歪な編成の理由は、誰もが知っているから、誰も口にしない。陰口としてすら、存在しないかもしれない。
事実、いつだったか、(……熊野と瑞鳳が交代してすぐ、だったろうか、)私の代わりに五十鈴さんが哨戒に向かったときは、対潜に特化した艦隊は随分安々と、その任を果たして帰ってきたように記憶している。
彼女たちが出撃中、私は、柄でもなく――気になっていた、艦娘御用達商店街からふたつほど通りを越えたところにあるあの店の、春の新作に手を出す気にすらなれず、私に預けられっぱなしのソナーを持って、演習用の水面を浮いたり少しだけ沈んだりを繰り返していた。
水に接している面積が広くなれば広くなるほど、海の中に潜っているものたちを認識する精度はあがるけれど――あまり深入りし過ぎてはいけない。そのまま、呑み込まれてしまう。
水中では、光より、視覚よりずっと、音の力が物をいうと知ってはいても、私は。正直なところ、聴覚で何かを把握しようとする行為そのものが苦手だ。
浸かるか潜るかの瀬戸際をすり抜けるようなぎりぎりの駆け引きも、実のところ得意とはとても言えない。
好きでは無い。向いてもいない。ならばどうして。


あー……面倒くさいですわね……


いつもよりよほどはしたなさをまとってもれた呟きに、ひとり恥ずかしくなるより前に派手なサイレンが鳴り響き――艦隊の帰投を伝えたのだから、やはり。
私の記憶力はまだ摩耗して錆び付くまでには至っていないようである。










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XX14.03.28
 1-5、初ゲージ破壊。
 山城(36)熊野(76)不知火(63)如月(54)。
 この子たち仲悪そうだなーと思いながら出撃させてました。










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