砂糖は小匙に3分の1(鈴熊と翔加賀。MI作戦ネタ)







あの白い化け物が加賀さんだというのなら。
熊野を殺したのは、赤城さんだ。







赤城さん。赤城型一番艦、正規空母、前世の記憶をしっかり持っていた側のひと。
一航戦、加賀さんとお揃いの衣装、意匠、かつてはここでも、精鋭空母として加賀さんの隣に並び立っていたひと。
私にとっては、知らないひと。
そんなことを目の前のひとに叩きつけてしまうために、隣に腰をかけたわけではなかった。
このひとに静かな声で私の名を呼ばれたときには、嫌だ、と、思ったくせに、
確かにこのひとに呼ばれたかったと。同時に思ってしまった私は、はじめから、自分のコントロールがまったく、できやしてはいなかった。


……どうしよう、私、赤城さんに出会ったら罵ってしまいそうです

別にいいんじゃないかしら。


私だって瑞鶴が来たら、そのまま首を絞めてやりたいってもう百回は思ったわよ。
思わずぎょっとしてしまうようなことを平然と言い放ち、そのまま、ずず、と緑茶を啜る加賀さんは、憎たらしいくらいいつも通りだった。
かと思えばふっと優しくなる瞳。茶柱……が立っているかどうかは知らないが、少なくとも、見た目通りに湯呑の中を覗き込んだその中身のために緩めた顔ではないだろう。
厭になるくらい、目に毒な――甘い、素顔。


……本当に、好きなんですね

…え?
……ああ、そうね


やっぱり傷の舐め合いだと思われてたかしら。
肩を竦める姿はこれ以上無いくらいに照れくさそうで、あんなに煮えくり返っていたはずのはらわたは、それですっかり、毒気を抜かれてしまった。


少なくとも私は、それで付き合えるほど器用じゃないわ

そう、ですか

だからあなたも注意した方がいいわよ

え?

同情を装って近づいて来るひとは、蹴り飛ばしてしまいなさい

はぁ。


気をつけます。
そんな馬鹿な、とは思ったものの、まあ有り難いアドバイスだと思っておくことにしよう。
熊野の代わり、なんて、免罪符を与えられたら私の方が何をするか解らないが――そういえば、そういう、むしろ滅茶苦茶にされたい願望ばかりを持っているような奴も、ここには、いたりしたような。
気の抜けた応答が気に障ったのか、睨みつけてくる加賀さんは、きれいな瞳の中に怒りよりも呆れよりも、……翔鶴さんへの愛おしさという惚気よりもまず一番に心配が溶け込んでいたものだから。
少なくとも、このひとの前では、これ以上無いくらいひねくれてやろうとさえ思っていたのに。
みっともないくらい。素直になることしか。できなかった。
目の前の紅茶も抹茶ケーキも色のついた水玉になるくらい、ぼろぼろと泣くことしか、できなかった。







隣、いいですか?

……今度は翔鶴さんですか……


そんな恥ずかしい思い出を作って数日後、MI作戦完遂の祝賀会は思ったよりはおとなしく――それでも新入りの歓迎会という名のひどい宴会は盛大に――行われた翌朝の食堂は、予想以上に人の影が少なかった。
皆、昨日どんだけ飲んだんだ。そして騒いだんだ。普段からはやめに熊野と部屋に引っ込むことを習わしとしてた自分には想像もつかない。……翔鶴さんは、そういえば実は結構飲むんだっけ? そうでもなかったっけ? いつだったか、蒼龍さんに聞いたような……あれ、龍驤さんだったかな……


……ごめんなさい

あ、いえ!
どーぞ、


まじまじと翔鶴さんを見つめながら、慌てて返事をする。
(顔色から酒呑みの痕跡を判別しようとしてただけだ、誓って、)
(……それもそれでなんだか情け無い気はする)
ほ、と、声なき声を漏らした彼女は、かたんと配膳のトレイを私の前に置いた。


……翔鶴さん?

鈴谷さん、何も食べていらっしゃらないのでしょう

……もう食べた、っていうかのーせいは

鳳翔さんにお聞きしましたので


湯気の立つご飯、お味噌汁、納豆と卵焼き。焼き海苔は味付きで、ならば多分卵焼きは甘い奴だ。
……よく知っているメニュー、それだけで泣きたくなってきてしまって、俯いた私をたぶん困った顔で見た、この、やさしいひとは。
ごめんなさいね、と、言う代わりに失礼します、とささやいて、まだロクに整えてもいない私の髪をゆるく漉き撫でた。
あ、きもちい……手馴れてんなー……よくやってるのかなぁ……誰にとか、そんなの、……ねえ?


……待たせたわね

!?

…ありがとう、ございます

いいのよ、


ずるいなー、いいなー、ぼんやりしょうもないことを考えていたら当の本人の声がして、声なき悲鳴は飲み込んだもののその後の情け無い顔はばっちり見られることになった。
翔鶴さんの前の席に当たり前のように座る加賀さん。そして翔鶴さんの前にもいつの間にか朝ごはんの乗ったトレイ。もしかしなくてもこれは。


…同情なら、要りませんよ。

……そうね、


蹴り飛ばしましょうか。
さすがにそんな物騒な発言を翔鶴さんの前でするわけにもいかず、目線だけで加賀さんに抗議する。


だって翔鶴が妬くんだもの

っ、…ええ!?

ええ、そうです。
赤城さんの悪口大会なら、混ぜてくれなきゃ嫌ですよ

ひどいわね

本当、ひどいひとです

そうじゃないわ

…そうじゃないんですか?

……翔鶴


苦く笑う加賀さんに、くすくす、楽しそうな翔鶴さん。
結構すごいこと言ってるのに、全然暗くない。かといって無理をしてる明るさでも、無い。
ミッドウェーの海の上、あんなにぼろぼろになりながら敵を見据えていたおふたりは、鬼神のように艦載機を飛ばし、あの白いひとたちを睨みつけていた。
……赤城さんと一緒に、加賀さんとよく似た形を持ったものがいたことを、――二航戦のお二方の似姿はそこになかったことも、何故だか、真っ白な赤城さんの残骸が、加賀さんばかりを狙ったことも、――このひとたちは、どう、思って、いるのだろう。


だいじょうぶ?


食べきれないなら、無理することないのよ。
だいたい翔鶴は載せすぎるんだから。
加賀さんの低血圧と一緒にしないでくださいよ。
それにごはんを盛ったのは加賀さんじゃないですか。
ゆるゆる、進む会話は耳に痛い。


……目の前でいちゃつかれるのが一番辛いんですけど

あら、

……わ、…っ、

…ごめんなさいね


してやったりと笑ってみせた加賀さんに、びしっと箸を突きつけて――はしたないなんて承知の上だ、なにせ叱ってくれるひとは今の私にはいないのだ、いま私と同部屋で寝ている熊野はほの甘い卵焼きを作るのがうまかった熊野じゃないし、重ねるつもりなんてない――私の隣で赤くなってる翔鶴さんの分まで思いっきり睨みつけてやる。


あーもう食べます、いただきます!

はい、いただきます

いただきます


……どこまでが計算で図られたものなのか、私には、さっぱりわからなかったけれど。
あたらしく着任した熊野は、私のいない間ひたすらに演習漬けにされていたと思ったらいきなり長い遠征を命じられて、今日も遅くまで帰らないから。
少なくともそれまではどれほどみっともなくなっても、いいのだから。


……赤城さんの悪口は場所を変えましょう

……あら。

ふふ、そうですか


ご飯は、いつものように美味しかった。
本当はあの子が作ってくれるときの方がずっと少なかった、だから特別な日のメニューだった目の前のトレイの中身を、彼女に作ってもらえる日はもう二度と無いんだと、わかってはいても。





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XX14.08.25
 夏イベE-4にて、熊野(88)轟沈。
XX14.08.27
 E-4クリア。
 榛名(112)比叡(115)加賀(115)翔鶴(117)蒼龍(83)飛龍(83)
 雪風(93)夕立(85)不知火(80)五十鈴(75)衣笠(65)鈴谷(49)
XX14.08.28
 E-5クリア。
 榛名(115)比叡(116)加賀(116)翔鶴(118)蒼龍(85)飛龍(84)
 雪風(94)夕立(87)大井(109)五十鈴(77)衣笠(67)鈴谷(53)









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