天秤を揺らす(大和×矢矧)







事前の予告無しで彼女の部屋を訪ったのも、ノックなしで扉を開けたのも、ただの悪戯心だった。
姉も妹もいないはずの阿賀野型用の4人部屋。そうっと近づいて、かかっていた鍵は、ずっと昔にもらったスペアキーで解除して。
(合鍵、ですけど、有事の際にしか使わないでくださいね。
 と、困ったように微笑んだ彼女の照れ顔を、わたしは、もちろんよく覚えている。)
着替え中だったり、あるいはわたしに見せたくない作業か何かの途中だったら謝ろうとは思っていたけれど。そのまま部屋を出て、彼女がわたしを呼んでくれるまで待つつもりだったけれど。
この場合はちょっと、あなたのそのお願いは、聞いてあげられません。


や、めて、ください!

だめです。


そろり、目測で撫で上げてみるとびっくりするくらい大きく震えた彼女は、
彼女らしからぬ顔つきで、泣きそうな表情で、私を見上げている。
いつもぴんと張っている背も、揺るぎなく立つ肩も、ちいさくまるまって、いつだってきっちりと整えられているセーラー服はしどけなく、はしたなく乱れていて、


おねがいですから、…やまと、


矢矧のこんな声、聞いたことが無い。
扉を開けた途端、ひどく大きな音がして、そうして。
愕然とした顔でわたしを見た矢矧は、彼女のベッドの上、ぺたりと女の子座りして、……服を乱して、それよりもっと乱れた息を、肩で吐いていた。
ふらりふらり、近づいたのは半分は本能で、だって仕方ないでしょう。
こういうことを、わたしに教えてくれたのは、矢矧、あなたです。
気持ちいいことは、気持ち良いと受け入れればいいのだと、言ってくれたのは、


…いつも、我慢させていましたか

ち、ちが……


口篭った時点で本当の答えは知れていた。
きっぱりとした返答にならない矢矧は、照れているか、嘘をついているかのどちらかでしかない。
その両方であってくれれば、せめて良かったのに。矢矧は俯いて、ひどく、悄気(しょげ)た顔をしていた。
いつだって。
わたしが気持ちよくなるばかりで。それでも矢矧は蕩けるような笑みで、わたしに触れてくれていたから、わたしはこれで満足できるんですなんて蕩けた声でいうから、
いつだって彼女のいうことは正しかったから。嘘を吐くときの矢矧の顔はいつも、わたしではない相手に向かっていたから。
信じてしまっていたじゃ、ないですか。


も、いいですから、

いやですよ。


だってこんな機会、もう無いかもしれない。
矢矧はすこしばかり、いいえ、すこしどころではなく、自制心が強すぎる。
自分でもびっくりするくらいスムーズに矢矧を抱きしめて、そのまま、横たえて。彼女の上、馬乗りになって。
頭まるごと、抱え込んで口づけたら、それだけで震えた彼女に舌を差し込んだときには、もう、
一応は彼女に謝ろうと思っていたことも、先に彼女の承諾を得ておくつもりだったことも、すっかり頭から、飛んでしまっていた。


あ、……んんっ!
…ぃ、ぅ……や、……ま、と、


わたしのなまえを久しぶりに耳にして、ふっと顔を上げる。
いつものわたしの部屋、わたしの寝所とは違う二段ベッドのひと区画はわたしが入るだけでぎゅうぎゅうで。
だから彼女の退路を断つのは容易だったし、わたしがここにいるだけで、彼女にとっては、行動の自由なんて最初から無きに等しかった。
ホックだけ外されていたブラジャーも、足首よりは少し上でわだかまっていたショーツも、彼女を固まらせるしかなかった一因ではあるだろうけれど。
それは、矢矧が自分でしたことですし。
わたしの服は、いつもちゃんと脱がせてくれるのに。自分の服だって、きっちり布団の向こう側に落としてから、わたしを抱きしめるのに。
ずっと、余裕の無さが消えない矢矧が、……ただ可愛くて。
ろくに脱がせも脱ぎもせずに、彼女に、触れて行った。


……は、やく……

…ああ、……ええと、


太腿に口付けると、泣きそうな顔をした。
そのまま蕾を吸えば、仰け反ってびくびくとのたうった。
彼女がしてくれたように、一度きつく吸い上げたあとは、ひたすらにやさしく舐める。やがて唇ごと離して、そっと、息を吹きかけて。
じゅくりと溢れるところにも風をそよがせて、それから、右の付け根を、強く吸うのだ。
わたしがいつもどうなってしまうのか、わからないから、わたしと一緒なのかは、わからなかったけれど。


うん、よくできました。


そもそもわたしは弱いから、すぐにお願いしてしまうのだけれど。
それでもたまに、…矢矧主導で焦らされてしまうときなんかに、とても恥ずかしい言葉を言わせられるときみたい。
そのときのわたしはこんなに真っ赤な顔をしていなかったとは、羞恥にまみれた熱をさらしてはいなかったとは、思うものの。
あのとき彼女に言わされた言葉よりずっとやさしい台詞を、矢矧は、こんなにも必死で振り絞るように口にする。
すごく、かわいい。


っ!! ……ああ!
……や、……ふ、…んぅ……んっ!!


挿れる直前にちらりと思ったよりは随分すんなり入った指はそろそろと彼女の裡を撫ぜる。
時折息を詰まらせながら、きれぎれ、わたしの名前を呼ぶ矢矧が愛しくて。
ああ、いつも、彼女もこんな思いをしているのだろうか。
それなら、もっと、ちゃんと。声を、聞かせて欲しい。


やはぎ。こえ、

…や、……やぁ、


泣き声混じりに、彼女は首を振った。
それさえも捕まえて、濡れた唇を貪ってしまう。ああ苦しそうだ、辛そうだ、でも彼女は強いから、強すぎるから。
それにわたしのときは、ゆるしてくれなかったじゃないですか。ねえ?


ね、

ひっ!


きゅうと親指を押し付けたら、聞いたこともない悲鳴を上げた。
嬌声が少しずつ高くなっていって、とうとう最上段にたどり着いた、そんな声が、掠れ掠れに、ひっきりなしにこぼれていった。
どうして、この期に及んで。我慢、するんですか。


がまん、しないで、

っ、ぁ……ああああ!


わたしがささやけば矢矧はしたがってしまう。
知っていて、彼女がもう高みの端、ぎりぎりのところにずっといたことに気づいていて。
そしてつかの間の空白すら、与えておいて。
手管と呼ぶのもおこがましいだろう所業で絶頂に追いやったわたしに、彼女は、きつく爪を立てた。


……ぁ、…や、…まと、


…だから、あなたは。
半ば反射で、残りは意思で、ごめんなさいと言いかけたはずの口を塞ぐわたしは、最後まで彼女にやさしくしてはあげられなかった。
それなのに、ああいったいどうしようか、途方もない充足感ばかりがある。
こんな感覚をいままでひとり占めしていたなんて、ずるいですよ。矢矧。







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