姉さん、ヒト用の首輪ってどこで手に入りますか?

はあぁ!?


ただでさえ狭い書類部屋の処理待ち案件が一山、音を立てて崩れて行った。




窮屈な白い城(陽炎と雪風/ゆきひえ・陽夕)




……なに、あんたの相談ってそれなの。

ええ、まあ。


だめですか?
小首を傾げる雪風は、狙ってるつもりはないだろうけど完全に無邪気というわけでもないのだろう。
この子と、久しぶりに姉妹らしい会話が出来るのかと喜んだ数時間前の私を返して欲しい。
……いや、随分深刻な話だったらどうしようと思っていた私の一部はほっと安堵しているけど、それはそれ、これはこれだ。


…一応聞くけど、あんた用のじゃないわよね。

わたしがつけるわけじゃないです。


欲しがってるのはわたしですが。
彼女が座ってる椅子の上にまで侵食してた書類が、無残な形で床に敷かれてるのにはあえてみない努力をして。
それでも雪風の方を向かずに話すなんて選択肢はないのだから、米神の鈍痛は、減る気配もない。


あー……陸奥さんあたりに借りたら?


サイズ的にもちょうどいいんじゃない。
心底投げやりに言ってあげれば、拗ねた顔。
この子が頬をふくらませて見せるのは、正真正銘、アピールのためだから。
こういう、感情の動きを取り繕わないとき。彼女はあまり表情筋を動かさない。
あんたをよく知らないひとは、確かにそれを怖がるのかもしれないけれど。
そんなよく知らないひとのことまで、考えなくたって、いいんじゃないの。
なーんて、姉のお節介は。正真正銘、余計なお世話だ。


戦うときの衣装なんて、借りられませんよう。


それに他の人のなんてヤです。
足の先がかすかに動いている、そんなことで彼女の機嫌を知れるくらいのひとが、
少しずつ増えていることを喜ぶ私はこの子が珍しく相談したいと言ってくれた、それだけで舞い上がれるくらいには(本当は今日、ふたりがかりで片付けるはずだったものをひとりで頑張るからと夕雲に頭を下げてしまうくらいには)この子のことを好きだから、結局は邪険に突き放せない。


くだらない理由で欲しいなら、
夕張さんあたりに作ってもらうのが丁度いいと思うわよ。

……くだらないと言い切る割に、一昨日もすごかったですよね……

……うるさい。

いーですよ。
その分昨日は盛り上がりましたから。

……あのねえ。

ふふー、いつものお返しです。


ちろりと舌まで覗かせておどけてみせた妹は、
慣れない惚気をして恥ずかしくなったのかやおら足元の書類をかき集め出した。


それで首輪、ね。

猫さんごっこ、楽しかったんですよぅ。


今度姉さんたちもどうぞ。
渡された紙の束(通称白い悪魔)をぐしゃりとやってしまわなかったのは、誰かに褒められたっていい平常心の勝利だと思う。
一応ぱらぱらと捲る。紙の端をきっちり揃えることはしないのに、だいたいの種別に分類がされているところがさすがだ。
この子のこういうところも、あまりほかのひとには知られていないんだろうな。
これについては純粋に、少し残念に思う姉心。だけれどこの長所が公になるほど広める機会を生み出すには、彼女は、ずいぶん兵器として優秀過ぎる。


あんたたちどっちもわんこタイプじゃない。

プレイなんだからいいじゃないですか。


否定せず、照れもせず。
即答された後、手伝いましょうか? と指をさす書類の山は、さっきより増えも減りもしていない。
さっきの手際を見せられた私には、正直魅力的な提案ではあったけれど。


夕雲と一緒にやるからいいわ。

そうですか。
にゃんこになるのは後回しにしてくださいね?

あいにくそこまで余裕ないわ。
だからごめん、呼んできてくれる?

はい、
こちらこそごめんなさい。

謝らない。

…ありがとうございます、姉さん。

よろしい。


それじゃあ結局夕張さん頼りですかねぇ、呟きながら部屋を出ていこうとする雪風に、
なんのことはない雑談の続きだという振りをして、声をかける。


特別は怖い?

……怖いですよ。


私の方を向かなくてもいいシチュエーションにしてあげたせいか、妹は案外簡単に飾らない本音を返してくれた。


でも。ひえいさんは、
一番を怖がってるみたいです。


次いで小さく落ちたつぶやきを、人並みでしか無い耳が拾い上げたときにはもう。
人並みじゃないものをたくさん持っている彼女の姿は、私の手が届く範囲からは消えていた。


あー……抱きしめたい。


お互い特別であるし一番でもある、でも大切なものはお互い他にもたくさんある、
あと少しあとには顔を合わせられるだろうけれどそれが得られるまでには随分かかるだろう、彼女のぬくもりが恋しくなった。





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