「泣いてもいいのかな。」
んふ、……ふっ!
シーツを掴む指先が震える。
雪風は一心に私の胸先を舐っている。
*
…ぅ…や、……ゆ、っ、
はぁはぁと繰り返される、自分の呼吸がだらしなくって、煩い。
いつもなら、まだ。こんなに息が上がったりしないのに。
おしゃべりとふれあい、どちらが主なのかわからないくらいにのんびりと、服を脱ぐ途中にもあっちこっち、ちゅーをし合って。もらった刺激よりもくっついた唾液がすーすーする方が気になるような、喘ぐんじゃなくて笑い声をこらえるような、そんなはじまりがずいぶん長い間続くのが、わたしたちの常だった。
今日の雪風はどこか余裕が無い。
…なんですか、
…ね、……どしたの?
……なんでも、ありません。
それは、わたしの首にはまるこの革のせいでも、彼女の頭にちょんと乗ったかわいらしいレプリカの耳のせいでも、どうやらなさそうで。
更に言うならこうなった雪風ははじめてじゃない。でも前回のときは、この子は、とうとう最後まで口を割らなかったから。
なんだか悲しい気持ちのままに追い立てられて、……そんな表現になってしまう繋がりはひどく寂しくて。それなのに拒絶できなかったわたしが、とても嫌で。
あなたへの敬語すら剥がれてしまって、ただ、あなたの名前を呼びながら身体を震わせ続けた、あの夜がまたやって来たと思うと、それだけで身がすくんでしまうぐらいには。
戦場も前世も関係なく、わたしは。弱い、女として、彼女に静かに恐怖した。
ひゅうっと、狭められた気道でか細く息をしようとする音が、どこか遠くで聞こえた。
*
……あれ、
目を開けると、気を失う前とまったく変わらない体勢で寝かされていた。
格好も、ほぼ変わらない。落ちていたのは本当に一瞬だったのかもしれない、そんな甘い期待は、かけられていたうわ掛けの冷たさで無残にも打ち砕かれた。
ぼんやり、目だけで雪風を探す。左端に白い影を見つけ、心からほっとした。
ゆきかぜ、
…っ、ごめんなさい!!
すぐ隣にある椅子にも座らずに、膝を抱えていた彼女は。
ハッとした様子でわたしの方を向き、それからくしゃり、顔を歪めた。
……こっち、来てください
…いやです。
ゆきかぜ、きて。
……いやですよぅ……
これが妹だったら、パッと行ってパッと抱きしめられるのに。
あるいはそれほど親しく無い駆逐艦なら、しょうがないなぁとため息ついて、ほかのひとを呼びにいけるのに。
雪風が、またあの眼を、している。
それがおそらくは、わたしのせいであるということが。
苦しすぎて、身体はまるではりつけにされたように動かない。
お願いですから。……ね?
…ひえいさんの、ばかぁ、
わたしの部屋から飛び出さなかった時点で。
わたしのお願いを聞いてくれる余地はあると思ったわたしは、どうやら賭けに勝ったようでした。
こちらへ近づいてくる雪風はひどく緩慢な動き。
取って食ったりなんか、ましてやひどいことなんかしませんよ。
軽口を言ったら、今度こそわたしからも部屋からも逃げ出してしまいそうだったから、わたしは黙って見守ります。
*
どうしたんですか?
っ、
そしてここからやり直し。
乱暴な口づけと性急な愛撫までをやり直して欲しいとは、軽口としても本心からも言えなかったので。
体勢だけを、ちょっぴり真似て。わたしの上に乗せた雪風を、髪ごとつかまえて。猫っ毛のようなやわらかな茶髪を撫でながら続きを促してみる。
……特別になんて、なりたくないんです。
…え、
もう、沢山なんです。
絞り出した雪風は、ああけれど、こんなときでさえ泣かない。
特別。いろんな意味を持つことば。いろんな感情に、当てはめられることば。
でも、もう特別になってしまいました。
愛してますと言う代わりに。
雪風がわたしにゆるしたのだと、勝手に思っていたことば。
それですら、ねえ、ゆきかぜ。あなたを傷つけていたのですか?
…ひえいさん、
……こんなに愛してるのに。
っ?!
だからうっかりこぼれてしまった、これでもうおしまいになってしまう、どん詰まりでどうしようもない、
あなたへの感情を、特別、がかかることばを、こぼしてしまったわたしに。
彼女がわらいながらつけた首輪はしっかりはまっているのに、私が用意したあなたの三角耳は、いつの間にか取り外されてしまっているのが。
なんだかどうしようもないくらい、かっこ悪い結末をあらわしてるみたいだなぁ、なんて、
完全に固まった雪風からそっと手を離しながら、ただの現実逃避として、考えていた。
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タイトルはふたりへのお題ったーよりお借りしました。
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