彼女の前にすると、自分の矮小さがさらけ出されて、とても厭な気分になる。
部屋に呼ぶのも、訪った彼女を挨拶も早々に押し倒すのも、優しさなど欠片も存在しない扱いをしてかき抱くのも、そして沢山の後悔をした翌日か翌々日かにはもう彼女を欲して同じ愚かを繰り返すのも――全部自分の意思ひとつで決まることで。
だからその狂った輪は延々と続く。
汚い、脆い、弱い――




鞣(なめ)された赤い縄




やさしいものに、なりたかった。

翔鶴の綺麗さは、何処か硬質なものだと思う。
見目の白さもそれを助長し――北国へ売られた娘に似た金属の、いつかの飛行機の色か、はたまた不遇を定められた死神の意匠か、
ばかばかしいと、何度言い放ってやろうとしたことだろうか。
本人が一番、頑固に思い込んでいる世迷いごとを、取り上げたところでうつろが残るだけだ。


ちゃんと、痛いんです。
――わたしが。


そう言って泣いた後輩は、苦労と不遇と中傷ばかりの道を裸足で駆け抜けたようなふねの記憶を。
ぼろぼろのこころで抱え込んだまま、初陣だというのに左腕は千切れかけ、太腿からだくだくと色濃い赤を滴らせながら、ひどく幸福そうに、
やはりほかのものたちと同じように――けれどわたしに言わせればそれより遥かに実感のこもったあたたかみをもって、わたしに、微笑んだのだ。


これからは、どれだけ不幸艦と呼ばれたって良い


そうわらって、けれどもちろん回避や旋回の鍛錬に手を抜くのではなく、ただ、……そう、誰かが被弾しなければ切り抜けられないようなときは、真っ先にその突破口を切り開いていった、その様子は、まるで彼女自身が、白銀の矢でもあるかのようだった。
美しかった。艤装や装束では足らず、有機物で出来た肉体までを、どれだけ損傷しようとも崩折れない、わたしなら、泣いてしまうような有様でもやや青ざめた顔を引き結んで、確と立っている姿は、とても。


…翔鶴、

はい。


悔しかった。そんなことをさせなければ新海域進出もままならない自分たちが。そういう役目は翔鶴のものだと、いつの間にか、当たり前として思ってしまっている僚友たちが。翔鶴が、それを、心から誇らしく思っていることが、とても。
わたしに与えられた役目をこなせば勝手に転がり込んでくるMVPも、付随してついてきた権利を行使するときに彼女を誘えば途端恐縮されるところも、ならばと夜に少しばかりひどいことを強請れば、あっさり叶えられてしまう、褥の狂宴も。彼女がわたしの思うままになればなるほど、わたしの手から離れていくようで、たまらなく憎かった。


痛い?

……い、…え、

嘘はだめよ。

へいき、で、す……から、


だから、と、吹き込まれる吐息が熱い。
柔い身体の一部を、熱くとろかせていても。熱っぽい瞳が、うるみきってなお、わたしを見つめていても。
彼女の美しさは硬質で、どこか遠い。
わたしではできないことばかりを。いつだって不屈の意思でもってやり遂げる、あるいはやり遂げようとする、その意思が。
わたしでは手が届かない白と赤で持って見せつけて、ああ、それなのにこの子は、お揃いですね、なんて、心底嬉しそうにいったのだ。
加賀さんを悲しませてしまいますね、なんて、その数瞬後には恥じる声で後悔を告げて、その声音がどこか狡さを湛えているようで、……彼女の、本音を、わずかつかめたようで。
はっと顔をあげたわたしに、ごめんなさいと呟いた、目を伏せた影に聖女のやさしさはなかったけれど。
縄化粧をまとった、……嫌がらせのように真っ赤にしてやった、その感触に身を震わせながら淫蕩に微笑う、彼女は、
断ち切れない矮小な輪の端を唇で咥えながら、それをわたしに与えるためにこんな至近距離から口づけを強請る。
やさしくなんて、しないでください。
そう、目線で告げられることで、まるでわたしが救われてでもいるかのような表情で。







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