何寸先が闇だとて(赤翔)






ひゅ、…は、……あ、…ぁ、


何もかもが不安定で不十分で、鮮明で過剰すぎて、苦しい。
この間は布団の上だった、あの時と同じ縄が、素肌のあちこちに食い込んで、
どういうからくりかは解らないけれど、ぎりぎり、つま先がつかない位置で縫い止められて。
全く動かせないわけじゃないし、務めてそうしようとすれば、足の裏を床につけることも可能なこの体勢は。けれどそうやって楽を求めて歪めればてひどいしっぺ返しがくると、もう十二分に思い知らされてしまった。
赤城さんは一体どこでこんなことを覚えてくるのだろう。
過去のふねの記憶から引き出せるようなものでは、無いでしょうに。


っ、…うああっ!!


茫洋とした意識が、ぎりぎりと食い込む縄が揺れていないからほんのすこしだけ余裕を取り戻した、それを。不満だとはっきり告げる刺激。
噛まれても、今日はそれが痛いと思う神経は、いい加減麻痺の域に達してしまっている。
だからその直後、抓られた襞の方が、すぐにいとおしむように解される指の動きの方が、よほど私を翻弄させてまた一歩、淫らな獣に近くなった。
私の口元から溢れた唾液は、もうとうに、流れる順路を定めてしまっている。


翔鶴、

あ、かぎ、…さ、
……んっ、……あ、…あっ、


この声音で呼ばれるときは、名前を、呼ばれたがっているとき。
胸や股間を這う赤い縄とは違う素材で固められている手首が、赤城さんの襷で結ばれていたときに、囁きのようなお願いをされてから、私は、そう思うことにしている。
果たして本当かどうかは解らない。けれど私がこうやって必死に彼女の名前を呼べば、少しだけ、嬉しそうな顔をしてくれるのは確かで。
かと言って四六時中赤城さん赤城さんと喚いていれば良いのでは無いに決まっているから、……どちらかというと、これは自分への約束事に近いのかもしれない。
手が不自由なことより、ひどく恥ずかしい格好をさせられていることより、赤城さんの襷をうっかり引きちぎってしまいはしないか、そればかりがひどく気にかかっていたあの日に決めた、貴女に愛想を尽かされないためのもの。


あ――…っ、……!!


ばちばちと目の前が白く弾ける。
大きく一度、閃光のように爆ぜるのでは無かったから、小さな果てでは身体に籠る熱をとても昇華しきれなくて、膣奥を疼かせながらひくりひくり、もがくような痙攣が尾を引いた。
ん、と、吐息のような声だけは聞こえたから、私がいったことは承知しているはずで、けれどこれを機にひどくするのでも、そのまま終わりとするのでもなさそうな仕草が、珍しくて脳裏にはうっすらと疑問符が浮かぶ。
わからないことは、わからないのだけれど。ましてや、こんな状況では特に。
重々知りながら、赤城さんの方に、視線を向けてしまったのがきっといけなかったのだろう。


っう!!


煮え滾っていた隘路に突き刺さったのは、彼女の細く、美しい指で。
加減の効かないいま、そんなことをされたら、折ってしまうのではないだろうか。
そんな馬鹿げたことを思ってしまうくらいには、締め付ける以前にほどけることすら出来なかった中が、待ち焦がれた刺激を貪欲に受け止めきって、ばちり。
さっきよりも高い波だった。そこから落ちることが出来ずに、跳ね回る身体によって一番負担がかかる手首を支える革紐が、それを括られた梁が、ぎいぎいと頭上で音を立てている。


噛んではだめよ。


乳白のような霞とまだらな色彩しか映さない視界を、必死で振る私は、随分頑是無いこどものようだった。
やがて諦めたのか、赤城さんの吐息が耳元から遠ざかる。
ほんとうに口を開けて欲しい時は、私の唇に指を当ててくださるから、だから、まだ、抵抗していても大丈夫。


ひ、……ぃ、……っく、


そんな約束すら、赤城さんに確かめたことは無いのだから、私の独りよがりに過ぎないのかもしれない。いや、きっとただの独善にしか、自己満足にしか、過ぎはしないのだろう。
ぶらぶらと揺れていた身体が、赤城さんに抱きしめられて、それだけでまた最奥から蜜が漏れたのをまざまざと実感する。
同時に緩んだ締め付けを好機としたのか、するりと赤城さんの指が抜けていった。
視界は役たたずで、声はもう枯れかけているけれど。まだ全然物足りない。
それを表すように全身で震えたのをどう取ったのか、赤城さんが小さく笑った。
さっき彼女の名前を呼んだときは多少なりとも満足そうな吐息だったのに、今回は、……どこか自嘲のような音色だった。


や、……赤城さん、……ふああっ!!


貴女の望むことなら全て叶えたいけれど。
抵抗の全てを忘れてしまうような木偶を、貴女が望んでいるわけでは、ありませんでしょう?
そんな人形が本当に欲しいなら、加賀さんにただ一言、命じれば良い。
彼女では駄目だというのならば、どこかのか弱い立場の艦を、攫ってきてしまえば。
そんなことを思ったことを思い出しているうちにまた果てた、今度はひとつ前よりはずっと、小さい頂だった、
けれど連続で追いやられた身体はもうとっくに悲鳴をあげていて、苦痛と快感の境界を曖昧なものにして両者の暴力からなんとか逃れようと自己防衛を始め出している。
貴女の物になりたいから貴女に堕ちきってあげられない、卑怯な私に似合いの反応。
ゆるさないでください。うんと酷く、してください。
切り刻まれ尽くして、壊されて、そうして暴かれ切る日は、貴女が私に飽きる日でしょうから。
その日を過ぎても私が貴女に迷惑をかけずにいられるように、どうか。お願いします。





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