貸切の箱庭(瑞加賀)







口を手で覆わないでくださいね、と、お願いしたのだった。

最後のいただきにたどり着いて、それから緩やかに崩れ落ちようとする加賀さんを抱えながら、熱ばかりを持った頭でぼんやりと思い出す。
こうやって、素直に身を任せてくれる(支えてくれるものと信頼してくれる)ようになった頃から、加賀さんはますます私に甘くなった。
甘やかし方も甘え方もひどく不器用な人だけれど、(そう、言って、赤城さんは私ににこりと微笑んだのだけれど、)その不器用さの出現具合は呆れるくらいにワンパターンだから、一回わかってしまえばこっちのもんだ。
有り体に言ってしまえば、すごく可愛い。
それをほんとうに口に出してしまっても、照れ隠しの鉄拳制裁というかたちにすむようになったのが、今のわたしたちで。
そんな風になってしまったものだから、私が甘えてしたお願いを、加賀さんは、嫌そうな顔もお怒りの表情も浮かべることなしに、承諾してくれたのだった。
この部屋、つまりドックより工廠にほど近い位置にある仮眠室は防音性が結構優れていて。私にも加賀さんにも明日の対外的任務はなく、入り口のプレートを使用中にして鍵をかけておけばよっぽどのことがない限り誰も入ってくることはない。この状況を最大限に利用させていただこうとは、加賀さんを誘ったときから、ええと、考えてました。はい。

ぺたり、私の膝の上で座り込んでる加賀さんの背中に身体をべったりくっつけながら、しあわせだなぁって考えている。
整備工さんや技師さんが多忙を極めてるときに、居住棟まで帰るのは無理でも作業場で寝袋にくるまるなんてやめてください、と、親切なんだか仕事の鬼なのかよくわからない理由で作られたこの仮眠室は、そういう作りだから艦娘自体が使うことはそうは無い。そしてそんなひとたちが使うから、ベッドのシーツはどれだけ汚しても怒られない、らしい。
そう教えてくれた、時折この部屋を本来の意味で使用する珍しい艦娘のひとりであるところの瑞鳳にはとても感謝してる。今度奢る約束させられたけど。今日この部屋を使うための根回しまでしてくれたんだから、そしてこんなに可愛い加賀さんが見られたんだから、食の細い彼女が食べきれるぎりぎりくらいまでならどんな高級食材だってお安い御用だ。なんなら甘味屋のお土産までつけてあげたっていい。


だいじょうぶ?

……え、何がですか?

ひざ、

あ、ああ、平気ですよ。これくらい。


最近ちょうど良い具合のとこを見つけましたから。
耳元で囁けばとたん朱に染まる首元に、懲りずに唇を沿わせてしまうのは、だって、仕方無いじゃない?
思ったよりしょっぱい味に、ああ、そういえば随分汗かかせちゃったな、冷えてしまう前になんとかしなくっちゃと。思いながらも名残惜しくて、髪の生え際にすんすんと鼻をすり寄せたら加賀さんの腰に回した腕が小さく握られた。つねったり叩いたりじゃなかったけど、これは、やめてのサイン。


でも加賀さんの顔見たいんで、こっち向いて欲しいです


緩めた腕を引っ張るようにしながら私の上で、くるりと。
回ってくれた加賀さんは、小さく眉を寄せていて。
あれ? どうかしましたか? 


…やっぱり

え、…あ、…あー、


そしてそっと触れられた私の膝……というより太腿は、確かに少々、加賀さんのあれやこれやが付着している。
膝っていうからわからなかったんですけど……と文句をつけるよりは今の加賀さんを安心させてあげる方が先だ。そもそも先に脱いでおかなかった私が悪いんだし。加賀さんのこと抱え上げたのも私だし。

……そうだ、あと、いい機会だから今のタイミングで謝っておこう。
ねぇ加賀さん。ドックに併設されている仮眠室のベッドではこういうこと、できませんけど。それを知ってたから素直に壁に手をついてくれたし、私の私服を汚しちゃったこと、気にしてるんでしょうけど。
この部屋はなんと隣のシャワー室に乾燥機つき洗濯機までついている優れものなのです。シーツの予備もあるし、(本来の使い方をするなら担当者が替えてくれるんだけど、えっちなことするなら自分で替えといてね、と、担当者に話をつけてくれた瑞鳳はきっちり言い置いてくれた。もちろんそれくらい、やらせていただきます)ニーハイなんて脱いで寝ても何の問題もない。むしろ脱いで寝る予定だったし。一回目の洗い物として二人分の服を洗濯機に投げてしまえば、翌朝にはちゃあんと乾いたのが出来上がってるというわけだ。隣のシャワー室に行くためには廊下に一旦出る必要があるものの、今着てる服とは別に寝巻きは二人分用意している。タオルの類は洗濯機の横の棚にあるから、との瑞鳳の言葉を頂戴している。つまり。


っ……さきに、言いなさいよ!

えへへ、ごめんなさい

……初っ端から疲れたわ……

ごめんなさい、でも、

でも、なに?


――ありがとうございます。
心からそういえば、それだけで黙ってしまう加賀さんは、やっぱり、すごく可愛い。
今日は、まだ。次があることを当然としてる物言いも、次はベッドがいいと言い出すことはできないのだろう(でも完全に思ってるのだろうし、私がそうねだるのを、待ってすらいるのだろう)顔色も、この体勢になってから私の頬を撫で回し続けている指を離す気配が無いところも。
大好きだから、私はこの人が欲しがっている次のお願いを口にする。
こういうときは思いっきり生意気にねだればねだるほど、加賀さんは、嬉しそうに笑うのだ。





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