名前を、呼んで。(赤城×翔鶴)






っふ、ぁ、……!


かすかに聞こえる声。いつもよりずっと小さい、弱い、喘ぎともつかないような吐息。
睦言を囁くには遠い距離からそれを聞く私は、彼女にかける声を持たない。
挟み込まれてはいるけれどまだ挿し入れてはいない指を、軽く揺すればなだらかに撓んでいた背中が軽く反った。簡単な反射。同時に漏れるはずだった声を、翔鶴は息を詰めることで上手に抑えこんだようだった。
ゆら、ゆらり。まるで勿体をつけるように、こすりつけるように。動かし続ければ安堵したかのような気配が、じわり、滲んで。
一度は確かにしなったはずの背が静止すると共に、さっきまでぎゅうぎゅうと締め付けられていた腿の力がふっと緩められた。
焦らすどころかまともな刺激ひとつ与えられなかった裸体が、羞恥だけで高められていくのにそろそろ耐えかねていたのだと、口には出されなかったし枕に埋没した顔を見せてくれることもなかったのに確かに伝えられて、掴んだ満足の欠片は黒ずんでいて鋭利だ。
余程欲しかったのか。痛みか快楽か、知らないけれど。
空笑いがこぼれそうになって、自分でも滑稽な程おおげさに口を覆ってそれを封じる。
欲しいのでしょう。痛みでも快楽でも。
なぜ欲しいのかは、どうして私なのかは、知りたくないけれど。


しょうかく、

ん、
……は、い。


名前を呼べば、答えてくれる。
好き? と聞けば、好きですと返してくれる。
口づけを深くして、下唇を舐めながら離せば。
そのまましどけなくもたれかかり、私に身を預けてくれる。
私が望めば。
翔鶴は。
きっと、なんでも。私の望むようにしてくれるのだろう。
それなのに。


どうされたい?

っ、


硬直した翔鶴を見下ろす眺めは、お世辞にも上等な類のものではなかった。
まだ、いくだのいっただのというところまで辿り着いていない。愛撫と呼べるような触れ合いにも乏しく、かといって抱きしめたり口づけを降らしたり、そんな甘い時間を共有したわけでもなく、ただ服だけを脱いで、体勢ばかりが、そういう気配を醸し出しているだけの布団の上。
蕩けても潤んでもいないはずの、いまの翔鶴の瞳が、無性に見たいという衝動が湧き上がる。
ああ、でも。
私が望めば、きっとなんでも、私の望むようにしてくれる彼女に、私が、そう、頼んだって。
それをみることは、ぜったいに叶わない。


翔鶴。


燃え上がった苛立ちが一瞬にして身体を巡ったと思ったら手足の先が収縮するように収まって、
気遣いというフィルターを失ったままに彼女を見つめた途端、ひどく、冷たい声が出た。
いまの震えは、彼女の素だ。思わずあがった口の端を、一瞬遅れて認識する私は、


…あ、なたの、

いやよ。


退路を断って、武器を奪って、追い詰めて。
追い詰めて追い詰めて、押し付けて引き倒して、……それから?
私の望むものが得られないから、ありとあらゆる手段で駄々を捏ねているだけの私のこれを、この感情を、いったい誰が愛情だと呼んでくれるのだろう。
私の名前ですら無く、敬称でしかない二人称で呼ばれたから反射で拒絶した、私の、この黒い塊を。
今はまだ赤城さんで良い、本当は嫌だけれど、敬語も気遣いも要らないけれど、そうやって勝手に次善にしたことばすらもらえなかった私が衝動のままにつき動けば。
辻褄合わせのようにかたちづくられてしまう一夜を、本当はそうしたくないのだと、思うだけの私を、いったい、誰が。


ねえ、しょうかく、

…あかぎ、さん、


ようやくこぼれた、次善だったはずの、私の名前。
こうやって、半ば媚びるようにつけた抑揚でもって彼女に囁けば、呼んでくれる確率が格段にあがるのだと、気づいたのはいつだったか。
約束のひとつ、取り決めの一個足りとも交わしたことは無いのに、こうやって彼女が私の願望を叶えてくれるから、愚かな錯覚に、酔ってみたくなる。
けれどその甘美な誘惑に身を落としてしまうには私のプライドは高すぎた。誰に見咎められることもなくとも、さんざん無様な状態に堕していることにさえ、目と耳を塞いでいたがるような、かつては望むものを望むことすら無く欲しいままにしていた航空母艦だった赤城には。
そんな言い訳ばかりをしているのだから、当然。もうどうしようもないほど追い詰められているのは、私の方だと認めてしまうことも。彼女をこんなにしているくせに、今日だって結局できやしない。
こんな、私を。
私の下で、いま、なにがしかのはしたないことばを紡ごうとしている彼女が、知らないでいてくれたらいいと思う弱い心を。持つ、私を。
いまにも握りつぶさんとしている彼女を追い詰めて、閉じ込めて、苦しめて。
理性を擦り切って、敬語を剥がして、我を失った翔鶴に、まるでこぼれ落ちてしまったかのように。
まるで対等な存在であるかのように、いとおしむ対象であるかのように、呼んで欲しかった。






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