晩夏の燈花(赤城と龍驤)
部屋の花瓶の水を、変えようと思ったのだ。
着任祝いといって渡された花が、とても、綺麗だったから。
飛龍さんが教えてくれた、一番近い水場、へ向かうための抜け道をそっと通る。
外の植物、……まあ大体実用性のある野菜ばかりだけれど、それらに水を撒くために設けられた水道は、南瓜の蔓がはびこる区画の片隅にあった。
蛇口からホースを抜かなければならないだろうか。うかうかして蔓に足を取られたらみっともない。
そんなことばかりを考えていたから、まったく予期しない先客という存在を認めたとき、うっかり声をあげてしまったのだ。
あ……
かすかな声に反応して振り返る姿は、夕日に反射されてびっくりするくらい眩しかった。
……軽空母。それも、よりによって。
…やっぱりアンタはウチがキライなんやな。
いっそ安心するわ。
目線だけで呼び寄せておいて。水汲みを、とても自然に手伝ってくれた彼女は、わたしの戸惑いをそう称して――勝手に名づけて、ばかにしたような息の吐き方をした。
見当違いの納得よりずっと。その仕草が気に障って、睨みつければ切り返されて。
怖かったわけでも、怖気づいたわけでもありませんが。
ガラスによく似た、けれど実のところはプラスチック製であるらしい水差しは、割れたりはしないのだから少しくらい握り締めたっていいでしょう。
大鳳はどうなん?
……仲良くやっていますよ。
大鳳さんとは。
言外の意をあっさり汲み取った彼女は、今度はまったく違う理由からひとつおおきなため息をついた。
あのばかどもが。毒づきに反射的に反論してまいそうになったのは、……空母としての記憶から来たものでしょうか、よくわかりません。
おんなじ日、ってのは、堪(こた)えるよなあ
……誰の話ですか
あいつと翔鶴、アンタと大鳳、あるいはあいつとアンタ
こう考えてみると加賀って関係無いんやな。
ふっと笑ってみせたこの人が、本当にばかにした人は誰なのかはわかりません。
わからないことばかりのわたしに、いろいろなことを丁寧に教えてくれる人は、いませんでしたから。
(教育係、というものは、こと赤城に対してはつけるべきものでは無いのだそうです。)
(聞けば教えてはくれるだろう事々(ことごと)を、聞かないままにしているのは、赤城、らしいのかもしれませんが。)
(……最近は、もう、くだらないと思うことすらばかばかしくなってきました。)
あんまり気張らんでもええで。
なんせうちに最新鋭は要らんのやからな。
はあ?
うちの提督の言葉やで。
ちな、頭も使わん奴、全力になれん奴はもっと要らんと続くんやで
無様であれ、高克であれ、明日死んでも胸を誇れるようになれ、
そしてみっともなく生に縋れ――
綺麗事だと、ふねだったころの記憶は激しく反発しているのに。
ひとのかたちをあたえられてしまったわたしに、そのご高説は、ずいぶんすんなりと染み込んでしまった。
最前線じゃあないし、最良の装備があるわけでもなし、
ああ、たぶん、ここの雰囲気に、ひどく馴染みのあるものだからだ。
なにせここは南の中継基地、トラック泊地のそこそこ際(きわ)っかわや。
防衛線が長いゆうんも問題やなぁ。
他人事のように呟く彼女は、わたしよりもずっと戦さ場に出て、わたしよりもずっと当事者で、
わたしよりもずっと長く、この泊地のために生きてきたのだ。
わたしの前世も、わたしの先代も、そんなことは考えもしなかったのかもしれないけれど。
わたしはそれをすごいと思う。
……それを目の前の彼女に素直に伝えてしまうことは、できないけれど。
まあ、贔屓も私情もコミコミでの艦隊運用しとるしなあ。
……それで、良く、
やからここは二流なんよ
如月はよう潰れんでやっとると思うわ。
AL放り込まれたんは幸いだったな。
ぽんぽんと放たれる独り言のような繰り言が、この人の会話の仕方なのかと。
そう思いたくなるほど自然に語られるこの泊地の実情は、わたしが喉から手が出るくらい欲しいものだったはずなのにどうしても耳を塞いでいたいとも思わされる類のもので。
それなのにここを嫌いになるわけでも、提督にいやな感情を抱くわけでもないのが不思議だった。
龍驤さんの語り口のせいだろうか。
ま、あんま無理すんなや
……
つっても無理やろけどな。
……だって、
あんなぁ、
キミに前の赤城らしくとか、本来の赤城らしくとか、
誰も期待してへんで、
しもた、キミってゆうてしもた。
絶対言わんようにしたろと思っとったのに。
がしがしと頭を掻いているのはおそらくポーズではなくて、だからこそ結わえた髪が片方ほどけかけてしまっていて、
思わず伸ばした手が、それに、触れてしまって。
びっくりした顔をした龍驤さんの瞳の中、同じくらいびっくりしているわたしがうつっていた。
……前の赤城は、花に水遣りは、せぇへんかったな
やからウチは、いまのアンタの方が好きやで。
陽がくれる前に水を替えたれや。
突き放すように口にして、龍驤さんはくるりと背を向けてしまいました。
彼女の髪を通してきらきらと反射する西日がとても眩しくて、思わずさっきまで彼女のそれに触っていた手をみつめては見たけれどその片鱗なんかもちろん見つけられなかった。
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XX13.9.11 赤城轟沈/翔鶴着任
XX14.9.11 赤城(二代目)・大鳳着任
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