背中にかくした素直な声(加賀×翔鶴/単発)





主力部隊の補欠の代理。
加賀さんが大鳳さんと一緒に別海域に進撃中で、蒼龍さんが大破してしまって疲労回復にも時間がかかる状況で。
まあ赤城と飛龍ならそこそこ器用に合わせてうまくやるんだろうけどな。
そんなことばと一緒に告げられた第一艦隊編入の任務は、隣にいた瑞鶴を激怒させる程度にはわたしたちを舐めたようなもので。
それが正しくいまのわたしたちの扱いであることも、その憤慨を提督に向けることなく未来の自分への奮起剤とすることができる瑞鶴はとても強い子であることも。
ぜんぶわかって出撃した、南方海域はみんなやたらとわたしたちに気を遣うし、そもそも旗艦はわたしのはずなのにわたしの指示などなにも要らないまま、恐ろしく平穏に進んでいった。
大きな戦闘は4回。書類に示されていたのと概ね同じ、つまりはいつも通りになるのだろう道中はわたしの指示など必要ではなかったし、細かな指示が必要なときは比叡さんが出した。
最後の最後、瑞鶴が仕留め損ねた戦艦が最後の断末魔を上げる前に一撃を放った、それが、まっすぐにわたしの元へと飛んできて。
あっと思う間もなくわたしの間に立ちふさがったのは足柄さん、わたしと瑞鶴の代わりに敵を吹き飛ばしたのは木曾さん。
いっそわたしが被弾して終わっていれば良かったのに、目の前で呻きながら獰猛な笑みを浮かべた彼女は、わたしに、任務完了ね! と、高らかに告げて。
わ、あ、っと。
それが勝鬨(かちどき)をあげる呼び水になった。


っ! ……っ!


くやしい。悔しい。くやしい!
ほんの少しのかすり傷を受けた瑞鶴と、引き返すときすら無傷のままだった自分。
無事で良かった、と、笑ってくれた提督すら嫌味に感じられて、旗艦の自分が優先的に庇われるのは当然なのにそれをあげて慰めようとした瑞鶴にすら噛み付くような真似をして。
入渠中に反省してくる、と痛々しい笑顔を貼り付けた彼女のドックを訪うことすらできないくせに、誰にも慰められたくなんてないのに誰かにみつけてもらいたくて、
ああ、わたしはこんなときにうまく泣くことすらできない。


ひぅっ!?

……しょうかく、


ごめんなさい。
影に次いで落ちたことばは、そのふたつのあいだにわたしの首元に押し付けられたつめたい指先への謝罪とは、まるで思えないいろをしていた。
どうしてここが。なんて、白々しいにも程がある。
瑞鶴なら修理中ですよと言い放つこともできないわたしは、このひとが強すぎるのではなくわたしたちが弱すぎるだけだと知っている。
五航戦呼びされるのは、それを練度不足の代名詞のように言われるのはとても厭だ。わたしたちとあらわされたのかもしれないが、わたしたちではなかった、もう反論すらできない者たちを非難されているように聞こえるから。
だからやめてくださいと、瑞鶴とふたりで直訴して、きちんと謝罪してくれた加賀さんはとてもやさしいひと。海に浮かぶ、戦い尽くしてきた飛行機の帰るうつわであることを、いまにいたるまできちんと受け入れて、癖があるからこそ恐ろしく強い子たちばかりを引き受けて、他の追随を許さない度量と把握能力で第一線に立ち続ける姿が眩しくて、まぶしすぎて。
あなたがすきなの、と、震える声でささやかれた、ひとつ前の季節の夜のことを。それから流されるままに身をゆるした結果、あなたの涙をはじめてみることになってしまった曇り空の、空母には縁起が悪い薄暗い朝のことを。
いまのわたしたちの未熟はいまの、五航戦でも新一航戦でもないただの艦娘、翔鶴と瑞鶴に言ってくださいという願いを受け入れてくれた加賀さんの、ただの艦娘の、娘の部分を。
わたしはいまだに、どうしたらいいかわからない。


……だいじょうぶ?

だ、だいじょうぶです、

ほんとう?

ほんとうです。


加賀、さんが。
こんなことばをかけてくる時点で、そもそもわたしを自分から動いて探しに来る時点で。
ちっとも大丈夫ではないことくらい、わたしがいちばんよく知っている。
旗艦だからわたしが書いた、けれどほとんどの事象は以前の出撃の記録を読めば良かったし今回特有のできごと(いちばん大きなのは、私が旗艦で瑞鶴がその僚艦であったという事実だ、)はほとんど榛名さんがメモを取ってくれていた、その報告書はもうとっくに読んだのだろう加賀さんは、わたしの横に少しだけ遠慮がちに腰を下ろす。
どうしてわたしなんですか。
今回の出撃についてなら理解できる。悔しいけれど、わたしたちがもっと高練度ならばできただろうこともたくさん思いつくけれど、納得はできる。補欠の代理としての役目に泥を塗ることにはならなくて、ひそやかな安心くらいなら、してしまっている。
だってそれは。


どうして?

…かがっ、さんが、


「え、」というかたちに口を開けたのだろうこのひとの影に、ずっと隠れていたかったのに。
加賀さんはいともあっけなくわたしのとなりに来て、そのまま腰を落ち着けてしまうから。
――どうしてわたしなんですか。
ひとつ前の季節では聞けなかったこと。相棒の赤城さんでは無く、(まああの方は違う方に執着してはいるけれど、)わたしよりもよっぽど良い後輩でかつてあなたの任を引き継いだ瑞鶴でも無く。
悪魔のような運命の悪戯さえなければあなたがなるかもしれなかった、いまでも目をかけてもらっている戦艦が相手というわけでも無く、次席秘書艦として側仕えしている提督に懸想するのでも無く。。
プライドばかりが高くて、僻み屋で、何をやってもうまくいかないから穏やかな笑顔という仮面ばかりを貼り付けることがうまくなった、艦娘の、艦の部分も娘の部分も出来損ないのわたしなんかを、空母一の練度と妖精搭載数と提督からの信任を誇る、強くてやさしいあなたが、どうして。


来て、くれましたから。


だから、大丈夫です。
全部言い切ったあとにしか、加賀さんが詰まってくれたと、確かにまっすぐに受け取ってくれたと認識してから彼女の方に視線を向けることのできないわたしは、こんなにも狡い後輩なのに。
どうしてそんなに、赤くなって、……目の端と口の端をゆるめてわらってくれるんですか。












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タイトルはふたりへのお題ったーよりお借りしました。










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