白昼にたなびく(瑞鶴×加賀)








元々は午睡を決めこむつもりで、訪ったのだった。
加賀さんが非番であることは無論知っていた。わたしは来月あるかもしれない視察の打合せに、それに合わせてもう少し先の日取りで――こちらは確定している慰安行事の前準備が前倒されてるのをいくらか片づけてきたところ、出撃任務ではないけれど休日でもないからあえての加賀さんの予定なんか聞かなかったけど、たぶん、部屋にいるだろうなあとは思っていた。塀の外には、先週一緒に行ったし。両手に抱えて帰ってきた、春物の私服いくつかはその日のうちに行李にしまわれて限定出店のプリンは皆に配ってフルーティーな日本酒は4日前にふたりで飲んで。あともうひとつ、事前許可をとった上で購入していた分厚い専門書は加賀さん、大事に机の端に載せていたから。肩を寄せてちゃぶ台を囲みながら杯を傾けあった晩酌――にかこつけたいちゃいちゃ――のときにふっと目に入ったときもまだそのままの状態で置かれていたあの本を、きょうはたぶんちょっとずつ読んでるんだろうなあと勝手に予想してた。膝枕なんて贅沢はいわないから同じ空間をちょこっとわけてもらって、気持ちよく寝かせてもらえないかなあ。それだけのつもりだったのだ。
わたしだって別に四六時中そういうことばかり考えているわけじゃない。むしろ性欲に限るなら、加賀さんの方が強いような気はする――スイッチの入る頻度とか、望んでる回数とか。一回その気になってしまうと止まらないあなたもあなたよ、と、ぐったりしている加賀さんに言われたことは幾度かあるものの、わたしはその実わりと、さらっと一戦交えてそのまま穏やかにしあわせにくっついて眠りたい方だ。お互い一回ずつとか、疲れてる日なら抱き合いながら深めの口付けだけだっていい。それに不満そうな顔をして、熱い身体を押し付けてくるのはどっちなのだと以前言い返したら、拗ねられるのではなく傷ついた顔をされたものだから、わたしの抗弁は結局その一度きりで終わってしまったのだった。くそう。なんだかとても納得いかない。納得はいかないけれど、諦めては、いる。

加賀さんの部屋を開けたら予想通りの加賀さんがいたのはまあ、予想通りなんだからその通りである。以前わたしが強引に押し付けた座椅子にもたれながらちゃぶ台を書棚寄りに引き寄せて、穏やかな顔で読んでいる姿に正直なところ、見惚れた。性懲りもなく良くやるなあと同時に脳内に響いた自分の声はおおむね照れ隠しでありにやけた顔をなんとか抑制しようとする自助努力の賜物である。だって加賀さん、あんまり浮かれてると怒るのだもの。ふたりっきりでも。理不尽だ、と声をあげたのは何遍かある――だって加賀さん、この件に関しては文句言っても更に怒ってはこないから――恥ずかしいじゃない、とか、もっと穏やかに日々を過ごしたいの、とか、てんで勝手な主張をしてくれるくせに、わたしは落ち着いたあなたがわたしを想っていてくれてると実感するのがいっとうしあわせなの、などと真顔で爆弾を落としてくれるものだから、わたしは相変わらず白旗を振ってついでに尻尾も振って、降参するしかないのだった。くそう、と姉や友人に毒づいたら毒づいた全員に生暖かい笑みを浮かべられたのには、納得いかないけれど、……悪かったとは思ってるわよ。


「どうしたの?」

「……ええと、ごめんなさい」


こんにちは。ええ、こんにちは。それに、お疲れ様。いえいえ、大丈夫です。そう? 無理してない? 監査は来ない気がするんですよねえ。たとえそうだとしても準備はしておくものよ。それに視察、でしょう。あくまで名目上は、ですけど。実質も同じよ。だからやる気が出ないんですって。そういうことをいうものではないわ。加賀さんにしかいいませんよ。それならなおさらやめなさい。……はあい。
相変わらず厳しい。鬼教官だ。本当の意味で、そう、あったのはもうずっと前の話。懐かしすぎて思い返すとちょっと鼻の奥がツンとするぐらい。恋人になってくれた今でも、身長も練度も撃墜数すら追い越してしまってもまだ、わたしは加賀さんにこうやって諭されると逆らえない。条件反射みたい、いつだったか笑い話としてそう零したら加賀さんは後悔してるような表情で俯いたから、……あのときはつい本気で怒鳴ってしまったっけ。あなたが指導してくれたことを、他ならぬあなたが否定するなんて、舐めた真似しないでくださいよ!! ……とか、なんとか。和やかな喧騒に包まれていた居酒屋の空気が一瞬で凍り付いてしまったことだけは反省しているけど、この件で加賀さんに謝るつもりは今でも一切ない。ちゃんと当人からの謝罪も受け取ったから、もう蒸し返すつもりだってさらさらないけれど。両思いになったからって、特別な関係を結べたからってこれまで築いてきた他の関係性が失われたり損なわれたりするわけではないと信じていたのはわたしだけだったのかと、悲しくて悔しくて泣きじゃくってしまったわたしに、みっともなく取り乱して結局ろくなフォローもできずにふたりして鳳翔さんのお店を叩き出された情けない加賀さんのことは、ずっと忘れないし絶対に譲歩してなんかあげないのだ。人間にも艦娘にも、言っちゃいけないことというのは間違いなくある。言った瞬間に、取り返しがつかないものになってしまうことも。同じく。


「ええと、加賀さんに会いにきました」

「そう。」


それならこのままでも、いい? 無言の質問には無言ではいと答え、何の気なしに加賀さんに近づいた。布団貸してくださいっていうの、この雰囲気なら思いっきり甘えながらできそうだなあそれで加賀さん分充填したらしばらくはそれだけでがんばれそうだし、うん、それでいこう――くらいの気概で擦り寄ったら、加賀さん、思いっきり身を固くして後ろにずり下がろうとした。


「……加賀さん?」

「……ちょ、ずいかく、」


これで不審に思うなという方が無理だ。観察眼メインの集中力は一瞬でぴんと立って、にじり寄ったら加賀さんの慌てた表情。えっと。どうしたんです?
加賀さんの持ってる本が先日買い求めていたものと厚みと判型が微妙に違うことに気が付いたのは、その中々レアな表情を脳内にしっかり焼き付けてひとまずは堪能しきってからだったというのだから、我ながら呆れてしまう。あんたってほんと、加賀さんのことどんだけ好きなのよ。これはいつぞや加賀さんに対する愚痴――瑞鳳に言わせれば惚気――をぶちぶちと件のお店で吐いていたときに投げつけられた言葉。期間限定品だった大葉入りの卵焼き、加賀さんが好きそうだなあと思いながらつついていたら呆れた顔と共にだし巻きが最強でしょうと毒づかれた、ザ・タマゴヤキ・フリークな瑞鳳先生の侮蔑は中々に刺さるものがある。艦載機に対してかける情熱は加賀さんと性質が違うのに総熱量としては同じくらいだから、というのがどれくらい影響しているかは不明だが、わたしは彼女に対しても実は割と怒られたときの耐性が対加賀さんと同レベルで著しく低いというのが残念な事実として目の前にある。鎮座ましましている。なんていうか、逆らえないのよ。すぱっとまるでそれが世界の真理であるかのごとく言い切られると。加賀さんだって瑞鳳だって、酒宴で紡がれる説教なんて後から考えるとツッコミどころ満載なことが多いはずだし実際満載過積載な勢いなんだけど。つい頷いてごめんなさいしちゃう威力がある。その後のわかりにくくご満悦そうな顔なんて特に――いや、やめとこうこの話は――瑞鳳をここに含めちゃうと加賀さんの機嫌がまたわかりにくい表情のくせに非常にわかりやすく悪くなる――


「……やめ、て、」

「なんで、ですか?」


いつ手に入れたのかも入手経路も知らない本に、敢えての言及はしない。その代わりたっぷり、加賀さんに向き合ってあげる。欲求不満なら言ってくれれば、とか、加賀さんの望みならなんでも叶えてあげますよ、とか、脳裏にちらつく台詞はいくらでも思い付いたけれど。むかし似たようなことを言ったら頑なに固辞されて拒否されて泣かれて逆恨みされて、ぶっちゃけ拗れた痴話喧嘩も同時に海馬にポップアップしたからセーフ。セーフだ。加賀さん泣かせたり破れかぶれに逆ギレされたりしたいわけじゃない。これは3か月くらい前だったか、秋月と朧に特大級の惚気爆弾をいただいた、「秋月がこそこそ読んでた本が桃色全開だったから問い詰めて泣かせてその後仲直りっクスしました」ネタと同じ轍を踏みたいわけでも正直、無い。……だって加賀さんだもんなー……恥ずかしがって嫌がったけどそのあと素直に、とか無いもんなあ……羞恥も後悔もあくまで純度100パーセントのまま、消費しきってしまう不器用なひとだから。もうちょっと、恋人との娯楽エッセンスとして楽しませてくれてもいいと思うんですけどねえ……と一席ぶったのは確か正規空母の回~サラトガ第二次改装おめでとう~の場だったから、遠慮なしの指笛と囃し立てと恋人の遠慮なしの拳骨は頂戴したものの、肝心の新たな知見、Tipsは頂戴できなかった。いや、タイミングをミスったのはお前だろと言われれば反論の余地もございませんが、


「……どうして、ですか?」

「…………きか、ないで、」


それで絆されてしまうんだから本当、わたしったら救えない。わたしはこれからお持ち帰りの宿題を四苦八苦しながら詰めるところで明日演習指導任務の入っている加賀さんの顔をみてにへらと笑いながらちょっぴりしあわせなお昼寝をするつもりで、だけど加賀さんはてんでそれを望んで、いなくて。……欲しいなら、そういう気分なら、事前に言ってくれれば、なんて。自分だったらできやしないことをあげつらって責めるのは流石にお門違いとわかっていたからただただ加賀さんを腕の中に納めて、他愛ない口づけを降らすだけの存在になってしまう。ひとつめではちょっと緊張した吐息が留め置かれてふたつめでそれが吐き出されて、みっつめでほんのりゆるんだ顔をみせてくれて、よっつめ、いつつめ、穏やかな吐息がもったいなくてふさいで、むっつめ、ななつめで綻んだような笑顔になって、やっつめここのつめはもう我慢できなくて貪ってしまって、たくさん、たくさん落としたあとは、少し触るだけで震える加賀さんに、夢中になって。



「すきです、」

「……わたしも、」


それだけで満ち足りて一瞬で爆ぜてしまうんだから、本当、救えやしない。


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