あの日の夢(扶桑型と伊勢型)






山城に出撃命令が下った。
――三度(みたび)連続で。


山城は。
すごいすごいとはしゃいでいた伊勢に、あからさまに渋い顔をしていた。
行ってらっしゃいと扶桑に頭を撫でられれば、わかりやすく頬を染めて。
そして私のわかりにくい餞(はなむけ)には、いつもの赤い瞳が、心地良く刺さる。


一度目は、むしろ戸惑っていた。
なんで私が、と吐いて、時雨に窘められていた姿をよく憶えている。
(記憶に刻まれたのは、それを見守る扶桑が、……その、とても綺麗だったからだ。)
(……どうにも、不謹慎な方向に。)

二度目、一緒に出撃する時雨が傍目から見てもわかる上機嫌で迎えに来たときは、伊勢に向けたのに近く、けれどその実、扶桑に返したのと同じぬくもりを、彼女の差し出した手に手を重ねることで返していて。

私のことなど振り向かなかったのは、とても彼女らしかったから、むしろ安心した。


申し訳なさそうに如月が山城を呼びに来た三度目、彼女がいなくなった航空戦艦の寮はいつもより少しばかり寒々しい。


「あたし出かけてくるわ」


荷物のひとつも持たずに消えた、すぐ上の姉はきっと剣道場だろう。
彼女愛用の木刀は私より一寸だけ長い。それを口実に仕様のない意地の張り合いをした、あの頃、
扶桑は勿論、今よりずっと私たちに優しかった。
(ああ、だが、これは、……一体いつの記憶だろう?)


「……扶桑」


姉上、と呼ぶことは、もう、叶わない。
姉様、と呼ぶあの赤い瞳は今、精鋭部隊の旗艦として出撃中だ。
姉者、なんて生意気な口を聞く馬鹿は、今頃黙々と素振りでもしているのだろうか。

……いや、無いな。
あいつなら変な必殺技もどきでも編み出そうとして、無邪気に駆逐どもと戯れてでもいるに違いない。
むしろ、駆逐よりは軽巡の類だろうか。

しようもない妄想の犠牲にしたすぐ上の姉は、今日も嫌味なくらいあっけらかんと笑っていた。
どうしようもないことは、沢山、ある。
叶えたかった夢よりは少しだけ多いそれらを、ひとつひとつ、思い出しては感情ごと潰していく無為な作業には、もういい加減、飽いてしまった。

――道場が使えないなら、走って来るか。
今日もひとり分の汗しか吸い込まなかった薄い布団を蹴飛ばして、非生産的な午睡に終わりを突きつける。
(もっと上等なものだって望めば得られるが、これくらいが個人的には心地良いのだ。)
(……伊勢には笑い飛ばされた。)

走っ て、走って、少しだけ寂しそうだった、一番上の姉とでも言ってしまえればきっと何もかもの都合が良くなるのかもしれない、けれど同じくらい後悔と懺悔と焦 燥でどうしようもなくなるだろう、あの人の赤い瞳を、……山城を見送ったときも、あなたの方が綺麗だ、なんて感想しか、本当のところは持てなかった私を全 部、吹き飛ばして。
疲れきって泥のように眠る安寧くらいは、今から望んでも、罰(ばち)は当たらないのではあるまいか。






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「努力は人を裏切らない」(日向×扶桑)





戦さ場に正しさを求めることがそもそも間違っているのは重々承知だが、
当人たちの誇りしか拠り所にできなくなっては終わりだとも、思う。
その誇りという奴に振り回され続けてきた航空戦艦(わたしたち)だから、余計に、
近頃は、持て余しすぎた時間の合間に、益体ない戯言として、よく考える。

私たちが顧みられないのは良い。もう慣れた。
死んでくれと、言われすらしないままに散った命の欠片を、その身に突き刺し続けている奴らを見ると、自分が言えた義理ではないと知りながら、……反吐が出るのだ。
だから加賀と翔鶴のような――あるいは木曾と大井のような、ああいう風に決着をつけた関係性を見ると、少しだけ安心する。

正常、という奴を、諦めきれずに澱んでいく、霰や潮のようなものもいた。
仲間、というよりはごく身内のために、粉骨砕身し続ける雷と電のような例もあった。
身の丈に合わぬ改装を施され、嫌な記憶を体現した身体を抱えたまま働き続ける響と、長姉なのにひとり置き去りにされた暁のために、あの子たちはまだ頑張っている。
――自分たちも、そんなに厚遇されているわけでも、無いだろうに。

吐いた彼女の、横顔はただ苦かった。

――戦闘に多く駆り出されば優遇となるのか?

応えにもならない呟きを渡した私の声は、ひどく乾いていたことばかりを憶えている。
あのとき、私は、どんな顔をしていたのだろう。


……そんなことをいま憶(おも)い出すのだから、ひどい話だな

なあに、


どうしたの?
返る鈴の音は、完璧だからこそ、いっそ清々しいくらい歪だ。
……どうして、こうなったのだろうな。

彼女の前で、厚顔にも呟けるなら、いま私はここにいない。
もっと厚かましい所業をさんざんしておいて、愚直を通り越して逆にひどい騙し討ちになってしまった始まりも、それよりも尚、憎悪と嫌悪にまみれていた二度目も、そのあと、……ひとつ前の彼女を知らない私だけが、思い切り、抱きしめてしまった、あの、黒い夜も、

どうして。
こんな綺麗な人を戦艦の写し身として生まれさせ、こんな美しい人を、戦さ場に立たせ、
この綺麗さを、美しさを、戦艦として活用させることすらせずに、さりとて任を解くこともしないまま、放っておくのか。

口に出せない憤りは、ふんわりと私にかけられた腕に絡め取られ、一瞬で霧散する。
こんなに儚い、軽い、白い手が少なくとも今は私のためにあるなど、……全く、悪い冗談だ。






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XX13.8.2X  2-4にて、扶桑轟沈。
XX13.8.29  建造にて、日向着任。XX14.03.28  1-5、初ゲージ破壊。
       山城(36)熊野(76)不知火(63)如月(54)。
       軽巡・駆逐枠は夕立・時雨・不知火・皐月・如月・五十鈴でローテ。











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