乾きの底(瑞鳳と瑞鶴/瑞鳳三日月と瑞加賀)







大体、さっきから手の中のコップをゆらゆら揺らし続けている瑞鶴にはいい加減飽きてきていたのだ。不機嫌そうな顔で自分のそれを睨めつけては溜息を零す馬鹿への実力行使として机上の酒瓶をひっつかむ。はじめはずしりと重かったこれももうだいぶ軽くなってきてしまった。嗚呼、それにしても勿体ない。どうせろくに楽しみもしていない癖に。


いや、もう要らないって

勿体ないからグラスに注いだ分はなんとかしなさいよ

注いだのは誰だっての

止めなかったのは誰だってのー

止めたじゃんか

注ぎ終わったあとだったじゃんか


飲めなくはない、けれど少しで事が足りる、こいつの性質は本当に羨ましい。だれだ艦娘に酒量の差なんて設定した奴は。とっとと海の底に沈んでしまえ。
まあ本当に海の底にいる奴が犯人でもおかしくはない。ひとり納得して自分のグラスを空ける。
速攻で自分の飲みさしを突っ込んでこようとする瑞鶴は控えめに言って屑だ。酒クズですら無いから余計に悪いっての。


あ、っぶな!

うっさい。

割れたらどーすんのさ

ないからー


やっすいプラスチックのコップに、「だれか」が残したとっときの酒。
もう誰もいない大部屋片づけたら出てきた年代物。犯人探しをしないのは暗黙の了解のうちにあったけれど、瑞鶴が一緒に飲みたがるのは正直想定外だった。


……欲しきゃあげるし要らないならひとりで空けたのに、

それはあんたの勝手。これはわたしの勝手。


くるくると空色の安物を回し続ける瑞鶴が、湿気た乾パンをつまんでいかにも不味そうに咀嚼しているのを見ていたらだんだん本当に腹が立ってきた。珍しいなあ。怒り酒なんて、ガラじゃないんだけどな。


おーきなお世話よ

……あっそ。
悪かったわね、代わりになれなくて


あ、ちゃんとカチンときてくれた。
取っ組み合いやら迂遠な舌戦やらになるにはどうやら本当に酔いが回っている彼女に幻影が、一瞬でも被ったことが無い、とは言わないけれど。
それが魔法みたいに都合よく続いたことも同じくなかったから、こいつには教えて上げない。
サシで飲むなら鳳翔との時の方がずっと、そう、感じちゃったことも秘密だ。


今日ならちょっとだけなら代わりにしたげるよ?

へーえ、したいんだ? “ずいほうさん?”


わたしの部屋で、素面の相手に言われたならちょっとはキたかもしれないけど。
残念ながらここは瑞鶴が勝手に根城にしてるあの人の部屋で、目の前の瑞鶴はまっとうな酔っ払いに失礼じゃないかと思うくらい弱っちい出来上がりっぷりだ。


ないわー

……まーね。


酔ったから寝る、と早々に潜り込んだこいつの寝床にしみついた、代わりにはなれませんという諦念の残骸にうんざりしているうちに彼女は本当に寝息を立て始めてしまった。うわ、マジですか。部屋で待ってる後輩ちゃん泣くよ。わたしも鳳翔さんに嫌味言われたくないしここでふたりして夜を明かしたくはないんですけど。ずいかくー?
本人は聞いていないからボリュームこそ控えめにとった、主観では特大級の溜息とともに今日着てた上着をかけたら、険しかった顔がへにゃりと崩れて、不明瞭ながらありがとうなんて言われてしまって。あー。まったく。珍しくて厭になるったら。











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